過ちの契る向こうに咲く花は
 これは伊堂寺さんのご自宅ですよね。
 などと確認できることもなく、私はエレベーターに押し込まれ一番上の階まで連れて行かれ。降りてすぐ現れたエントランスに掲げられた“伊堂寺”のプレートを目にすることになった。
 自分とは一生縁がないであろう、ハイクラスマンション。エレベーター直結のこの部屋にエントランスなんているのだろうか、なんてどうでもいいことを考えてしまったあたり、私もそろそろ危ないかもしれない。

 そんな私を置いたまま、伊堂寺さんは玄関へと進み、中へ入ってしまった。まさかエレベーターに乗ったままというわけにもいくまい、ととりあえず降りる。
 このまま帰るチャンスな気もしたけれど。明日もまた顔を合わせる相手ゆえ、そんなことはしにくい。
 かといって何も言われてないのに勝手に部屋にあがるわけにも、と考えあぐねているうちに、伊堂寺さんが再び現れた。
「さっさと入れ」
 とても初めての人を招きいれるような雰囲気ではない口調で。

「お邪魔します」
 ここまで来たらもうなるようになれ、の精神がちょっとだけ働いた。それにどうせ意見したところで有無を言わさず連れ込まれるのだ。さすがに学習した。
 それでも堂々とできるわけもなく、おずおずと扉の中へと身体を滑り込ませる。外側からある程度の覚悟はしていたものの、玄関らしい玄関は、そこにはなかった。

 伊堂寺さんは私が玄関に入ったことを確認すると、さっさとリビングがあるであろう廊下の先へと消えてしまった。
 こんなところで戸惑っていてもしかたがないと、とりあえずコートを脱ぐ。続いてパンプスを脱ぎ脇へと揃えておく。
 きっと大理石、であろう玄関と違い、廊下は明るい色のフローリングだった。スリッパが見当たらなかったので、失礼しますと思いつつもそのまま廊下を進む。
 無垢材、というやつだろうか。ワックスがかかったようなフローリングとは違う柔らかさが、ストッキング越しの足裏へと伝わってくる。
 そこをそろそろと進んでゆくと、広いリビングが現れた。

 ちょっと、予想外だった。
 こういう如何にもお金かかってます、なマンションの内装イメージとは違っていた。
 壁は白、しかも塗り壁。家具は最低限だけれど、凝ったデザインのない質の良さそうなもの。電化製品だって、無駄なものは一切見当たらない。こういう家にありそうな、オーディオセットとか、立派なエスプレッソマシンとか。
 
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