過ちの契る向こうに咲く花は
「ほんっと驚いたんだから。巽が葵さん連れて帰ったって聞いて」
 伊堂寺さんの言う誠一郎さんとは誰かと思いきや、我が社の跡取り息子の誠一郎さんだった。
 普段、社長は社長、彼は鳴海さんと呼ぶせいか、下の名前なんて記憶に薄い。ただ、伊堂寺さんの知り合いなんだから、気づいても良かったかもしれない。
「仕事終わって帰ろうと思ったら、たまたま見たらしい女の子にあの二人って恋人だったですかー、なんて聞かれて。こっちが焦ったよ」
 鳴海さんはそれを聞いて、慌てて伊堂寺さんに電話したらしい。その結果間違いが発覚して、かけつけてくれた。
 謝罪のために。ケーキまで持ってきて。本来なにも悪くないだろうに。
 それを目にしてもなお、伊堂寺さんは私に頭を下げることはなかったのだけれど。まあ、悪かったと言ってくれたからもうそれでいい。

「あの、野崎すみれさんのほうは」
 明日変な噂になっていたら嫌だなぁと正直に感じて、気づく。本来なら彼女がここにいるはずだったのだ。それなのに別の女を連れて帰ったなんて、婚約者だったらどう思うだろう。
「一応、俺がフォロー入れておいた。感謝してよ、巽」
 鳴海さんはそう言って、デリバリーしたピザを口に入れた。大きな口でもぐもぐ食べる姿はどこか子どもっぽくてかわいらしい。
 しかし当の本人は聞いていないようだ。一緒に頼んだサラダをつつき、何かを思案するような表情を見せている。

「鳴海さんと伊堂寺さんって、ご友人、なんですか」
 なんかダメだ、と思いもう鳴海さんと会話をすることに決めた。元々気さくで顔の広い鳴海さんとは、公私問わず何度も話をしてきている。というかおそらく鳴海さんは全社員と交流しているだろう。
「まあ従兄弟だし幼馴染だしね」
「従兄弟だったんですか」
「そうそう、知らなかった? 伊堂寺家とうちの関係って。一応本家と分家なんだけど」
「すみません。そういうの疎くって」

 ピザとミネラルウォーターを片手に、会話ははずむ。来てくれて良かったと心から感謝した。
 この人とふたりきりでは、きっと身が持たなかっただろう。そう伊堂寺さんを盗み見ると何故か目が合う。
「疎いんじゃなくて興味ないんだろ」
 挙句、唐突にそんなことを言われてしまった。

 いや確かに、会社の血族関係とか社内の恋愛談議とか芸能ニュースとか、とにかくそういうワイドショーじみたことに一切関心はないんですけれど。
 どうしてそれを旧知の仲みたいな口調で言われなければならないのだろうか。
 
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