過ちの契る向こうに咲く花は
「まさか婚約者を間違えるなんてね。まあ葵さんを連れて帰った、って聞いたときはもしや一目惚れでもしてくれたんじゃないか、って思ったんだけど」
 鳴海さんがそう言ってこちらを見つめてくる。前を見て下さい、と言おうにも現在赤信号で停車中だ。
 してくれたんじゃないか、その言い方がどこか気になる。というかこの人は何を期待しているんだろうか。
「葵さんって、疑問に思ったり訝しんだりするときだけ素直に顔に出るよね」
 返しに困っていると、ふふっと笑われてしまう。
 車がゆっくり発進した。

「さっきもそう。俺が眼鏡のことを言ったとき」
 対向車のヘッドライトに目を細める。ふたりの間の雰囲気とは真逆の、陽気な音楽が流れている。
「休憩所で、眼鏡を外したことありませんから」
「うん、俺も見たことない」
 一度は流した話題に敢えてのってみた。だって、そちらが出してきたのだから。じゃあ言わせてもらいますけれど、と。
 だけど鳴海さんは、悪びれもせずこともなげに言ってのける。

 前方を気にする必要のない私は、遠慮なく鳴海さんの横顔をねめつけた。一応この人も上司に当たるけれど、部署も違うし明日からに支障はない。たぶん。
「あはは、睨まないでよ」
 運転しているはずの鳴海さんはそれに気づいて、でも機嫌を変える様子はなくまた笑う。
「だってそれ、度入ってないでしょ」
 だから君もさっき嘘をついたよね。そう言わんばかりに口の端を上げられた。

「一体、なにがしたいんですか」
 ため息を堪えた代わりに口にする。
「んー、内緒」
 ただこのひとには、太刀打ちできそうにもない。そう漠然と感じてしまった。

 それ以上何かをこちらから話す気になれず、私は流れてゆく景色を眺めておくことにした。といっても夜道ではさして見るものもない。自然と、ぼんやりしてしまう。
「まあさ、ちょっと石に躓いたらそれが大切な宝石だったって思っといてよ」
 のどかな音楽を背に、鳴海さんが言う。
「その例え、まったく意味がわかりません」
 素直に意見すると、だよねぇ、とのんきな声が返ってきた。
 
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