淋しいお月様
何とか重い体を駆使し、着替えを済ませ、鞄を肩にかけ、玄関先でお兄さんの帰りを待った。

しばらくして、急にドアが開いた。

お兄さんが二度、来てくれた。

「着替えた? 保険証持った?」

「はい……」

「じゃあ、行くよ。俺につかまって」

つかまって、と言うので、彼の腕に寄り添おうかと、腕を伸ばした、その刹那。

ぐい、と彼は私の手を引き、おんぶしてくれた。

さすがに初対面でこれは……ってか、初対面でもないけど。

知り合って昨日の今日で、ここまで親切にされるとは。

このお兄さんは、神様か仏様なんじゃないかって、朦朧とする意識の中で、そう思った。

こんなやせっぽっちの体で、よく私をおんぶできるな、とも思った。

昔、遙か昔のような気もするけれど、静哉にもおんぶされたことがあったな。

ふたりで飲みに行って、ちょっと私は飲みすぎてしまって、帰り道、千鳥足だった。

そんな時に、私をおんぶしてくれたっけ。

静哉の肌の匂い、髪の毛の甘い匂いが鼻をくすぐって、私は幸せの中にいた。
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