溺愛御曹司に囚われて
「俺、今、クラシック同好会の顧問なんだ。突然顧問にされてもクラシックなんて聞かないから、よくわかんなくてな。それで、生徒におすすめされたヴァイオリニストのリサイタルに来てみたんだ」
先生は指先で私の涙を拭いながら、いたずらを見つかった子どものような顔で笑った。
やわらかくて色素の薄いくせ毛が私の記憶より少し長くなっていて、耳の上で踊っている。
「でも、なんだか身の置き場がないし。料理もたくさん食べたから、もう帰ろうかと思ってたんだ」
はにかむ彼が私の目の前にいることを、信じられない気持ちで見つめる。
先生はそんな私を見て目を細め、腰を屈めて視線を合わせた。
「それで小夜は?」
「え?」
「お前、クラシックとか聴いたっけ? こんなとこでなにしてんの?」
「あ、えーっと……」
久しぶりに再会した先生に本当のことは言いにくくて、私はしばらく言いよどむ。
だけど先生は視線を泳がせる私をさらに怪しみ、逃がしてくれる気はないみたいで、じっと見つめたまままだ。
私はとっさに他の言い訳も思いつかなかった。
「う、浮気調査です」
「浮気? 誰の? こんなとこで男に絡まれてひとりで泣いてるなんて、あいつはなにしてんだ?」
先生は片方の眉を器用に持ち上げ、怪訝な顔をする。
「だ、誰の、と申されましても、それは……」
一ノ瀬先生は、私と高瀬がずっと一緒だったことを知っているはずだ。
先生と別れたあと、いつも私の隣にいるのは高瀬だった。
ふたりの関係は他の誰にも知られずに終わったのだけれど、高瀬だけは、そのことを知っていた。
「お前もしかして、もう高瀬と一緒じゃないのか?」
先生は軽く目を見開いて驚く。
あれからもう七年近くが経つというのに、どうして私の側にいるのが今も高瀬のはずだって思えるんだろう。