シンデレラは夜も眠れず

 これは自分にとって都合のいい夢なんじゃないだろうか。
 幻を見てるんじゃないだろうか。
 金縛りにあったかのように身体が動かない。
 健留さんは息咳ききって髪を振り乱し、私の方へ走って来る。
「賭けは僕の勝ちだね。僕は君が九条家の一員になることを歓迎するよ」
 部長は私の肩に手をおいて耳元で囁くと、軽く私の頬に挨拶程度のキスをした。
 健留さんが現れて呆然としていた私は、何をされたのかさえわかっていなかった。
「司、俺のに手を出すな」
 健留さんが部長から奪うようにして私を抱き締める。
「独占欲の強い男は嫌われるよ」
 部長がニヤリとする。
「お前みたいな浮気な奴に言われたくないね。こんなとこまで遊びに来てるなら、お前の仕事増やそうか?」
 健留さんはニッと不敵の笑みを浮かべる。
 部長は降参とばかりに手を上げた。
「勘弁してよ。今回いろいろ協力したろ?あ~あ、僕もお嫁さん欲しいなあ」
「その前に浮気癖直さないとそのうち誰かに刺されるぞ」
「姫さん、健留に嫌気がさしたら僕がお嫁さんにもらってあげるね」
「お前も懲りないな」
 健留さんが絶対零度の眼差しで部長を見据えると、部長はおどけてブルブル震える真似をする。
「はい、はい、邪魔者は去りますよ。でも式には呼んでね」
 部長は私の方を見てにっこり微笑むと、いつの間にか近くにいた清水さんに連行されるかのようにしてこの場を去った。
「……私、清水さんにずっと尾行されてたの?」 
 全然気づかなかった。
「そういうこと。説明は明日だ。今夜はもう寝よう。清水が付いてるとはいえ心配した」
 健留さんは安堵の表情を見せると、数十秒額を私の肩にくっつける。
 こんなに疲れた様子の彼を見るのは初めてだった。
「……ごめんなさい」
 素直に口から言葉が出る。
「もう逃がさないから覚悟しろよ」
 健留さんは優しく微笑むと、私の平らなお腹にそっと手を当てた。
「……わたし……」
 妊娠の事を伝えようとしたが、涙が込み上げてきて言葉にならない。
 彼は私の妊娠の事を知ってるみたいだったが、自分の口から伝えたかった。
「何もかも知ってる。俺の子を妊娠してくれてありがとう」
 健留さんは真摯な眼で告げると、私の涙を拭い私の身体を抱き上げて客室に向かう。
 彼の腕の中にいると安心する。
 今日はいろいろあり過ぎて私の体力は限界だったらしい。
 身体から力が抜けていき意識も遠のいていく。
 健留さんが耳元で「愛してる」と囁くのが聞こえた。
 それが魔法の呪文のように私の心を幸せにして、この上なく優しい眠りへと誘う。
 このところどんなに疲れていてもよく寝付けなかったのが嘘のようだった。
 
 
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