鬼部長の優しい手



覚えてない?
いったい、何を?

そう言えば七瀬とご飯に行った
そのあとの記憶がない。




「部長、私と一緒に食事に行って、

飲み過ぎてフラフラになったんですよ。」

「……え」


「だから、私が部長を家まで運んだんです!」




感謝してくださいよ、もう!
と、七瀬は腰に手をあて
そう言った。


嘘だろ。
いや、でも七瀬の言うことが本当だとすると、



「……俺が酔ってたとき
七瀬に、なにかしちゃったりしてないよな?」




以前、友人と飲みに行ったときのこと。



朝起きて記憶がなくなるほど、
飲み過ぎた俺は目を覚ますと、見慣れた自分のベッドに居て、
寝室を出てリビングに行くと
昨夜、一緒に飲んでいた友人がいた。




お前が送ってくれたのか?と聞くと
友人は笑顔で





「ああ、そうだよ。

それにしても、あの“鬼の塚本”の
あんな姿が見られるなんて、
思ってなかったよ。」


と、心底面白そうに言われた。



そのときは、その言葉の意図は
わからなかったけど
少しして友人に

どうしてあんなに笑ってたんだ?と
聞くと



「お前、酔うと甘え上戸になるみたいだな。もしかして、覚えてねぇの?

ずーっと涙目で、俺の腕にしがみついてきて。
いやぁ、あれは大変だったわ」




と、その友人はまた
大きな口を開けて笑った。

あのときは同僚で、しかも男だったから
まだ、良かったものの、




もし、後輩の前で
七瀬の前で、甘えるなんて、
そんな情けないとこを見せていたなら、



……人生最大の汚点だ。



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