ガラスの靴じゃないけれど


あとひとり乗り込めば確実に定員オーバーのブザーが鳴り響きそうなエレベーターは、各階止まりを繰り返す。

ようやく10階フロアに到着したエレベーターから人を掻き分け降ると、ブラックの缶コーヒーを手にしている望月 敦(もちづき あつし)さんと鉢合わせた。

「おはようございます」

「おはよう」

清潔感が漂う短髪と笑顔を見せる口元から覗く白い歯は、爽やかで好印象。

入社8年目の望月さんはすでに出社をしていて、自販機に缶コーヒーを買いに行った帰りだったらしい。

「望月さん。私、視察に行って来ました」

「視察って、まさか?」

「はい。光が丘駅北口商店街です」

「はぁ」

深いため息を吐き出す望月さんの表情は、どことなく憂いを帯びているように見えた。

「一条(いちじょう)さん。キミはただのヘルプなんだから、そんなことまでしなくていいんだよ」

望月さんの言う通り、今の私の立場はヘルプ要員。

だからといって、プロジェクトの現場の状況を知らないでいいとは思えなかった。


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