私は彼に愛されているらしい
「個人携帯、アドレス。教えてないだろうな。」

その言葉に私はまた固まった。

「…教えたな?」

「仕事で使ったから教えてる。でも別に交友目的で教えた訳じゃ…。」

「何のために社内メールがあると思ってんだよ。番号は別として個人アドレスってどこまでガードが緩いんだ。」

呆れ果てたというか、怒りというか、とにかく目が座って低い声を放つ竹内くんにますます私は身を固くした。

怖い、てか怖い。でもそれを通り越して。

「…ど、どうしたらいいと思う?」

思わず目の前の不動明王にすがってしまった。

すると不動明王は意地悪そうな笑みを浮かべて顎を上げる。つまりは完全に見下しポーズでほくそ笑んでいた。

「俺に聞く?」

何と鼻につく言い方だろうか。でも腹立つ気持ちより助けて欲しい願いの方が勝った私には選択肢などなかった。

「聞く。教えて。正直…他部署とはいえ相手が上司じゃどうしていいのか分からない。」

「成程ね。」

自分が蒔いた種だとしたら何かあったとしても上司になんて相談できる訳がない。遠回しに自分のせいではないのかと言われた女子社員の話を聞いたことがあった。セクハラにあって、辛かったから上司に相談したらそう言われたのだと泣いていたらしい。

勿論、それを聞かされた私たち女子社員は怒り心頭でその上司に大ブーイングだったのだけれども。今思えば竹内くんの言ったように自分が蒔いた種だったのかもしれないと思うと途端に心細くなってしまったのだ。

「じゃあ、残業はあと1時間で切り上げて飯に行くぞ。」

「え?」

「あのおっさんのことだ、間違いなく今日中にメールを寄こしてくるだろうからな。その時に俺が言うことをそのまま打ち込んで送り返してやれ。」

そう言うと私の反応も待たずに竹内くんは腕時計を確認した。

「20時にロビーで集合。じゃあな。」

「あ、ちょっと!」

腕を伸ばすも竹内くんはそのまま背を向けて大部屋の方に戻って行ってしまったのだ。

あと1時間後に待ち合わせ、そう思うと手持ちの仕事内容を必死で整理した。どのみちこんな精神状態じゃ捗りそうもない。

「戻ろ。」

そうして1時間、なんとか気力を振り絞って出来る限りの残務に取り掛かった。
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