砂の国のオアシス

6 (カイル視点)

そろそろ「あれ」が来る時間だな。

見なくても分かるのに、腕時計をチラッと見て「再確認」をする。
全く・・・なぜ俺は、異世界から来たよそ者のことが、ここまで気になるのだろう。

と思っているうちに、俺の女・・・ナギサが今日も花壇にやって来た。

あれが時間通りに来たことに、ひとまず安堵する。
そして俺は、公務の資料から花壇の方へと視線を移動させた。



ナギサに王宮の庭までなら出ても良いと許可を出して、今日で4週間経った。
以来、あれは毎日庭を練り歩いているとヒルダから報告を受けている。
ヒルダの報告を受けなくとも、テンバガールのことだ、嬉々としてあちこち歩き回るだろうと容易に察しがついていた。

一応ナギサをひとりで歩かせてはいるが、常にヒルダが「護衛」をしていることに、あれは気がついていないようだ。
ああ見えてヒルダは、非常に使える上に、信頼できる人材だからな。
今のところはヒルダ一人であれの守(も)りができるだろう。

俺が与えた種が植えてある花壇に水をかけながら、今日もナギサは何かをしゃべっているようだ。
英語が話せるとはいえ、あれはよそ者。
俺やヒルダやジェイドの他に話せる友人は、種しかいない、か。

俺は机に肘をつき、左に頬杖をついた。
視線は相変わらず花壇の方向を向けたまま。

俺の公務室(へや)からナギサがいる花壇は良く見えるが、花壇からここは死角となって見えない。
だからこそ、あそこの花壇をあれに与えてやった。

種に何を話しかけている?
俺のことか?

俺はナギサの方を見たまま、フッと笑った。


ナギサが後宮の女どもから嫌味を言われていることは、ヒルダの報告で俺も知っているが、我が利益のことばかり考える意地の悪い後宮の奴らのことだ。
よそ者である上に、俺が興味を持った女に対してどういう態度を取ってくるのか、報告がなくとも容易に察しがついていた。
だがあれは一言も俺には言わない。
もちろんヒルダやジェイドにも言っていない。

言ったところで俺がナギサのために何かをするとでも思っているのか?
例えば「斬る」とか。

まあ・・・ありえんこともないが。

自分の想像に一瞬だけニヤけた後、また顔を無表情に戻した。
部屋(ここ)にいるのは俺一人じゃない。


しかし、官吏の年寄りどもの小言も癪に障る。
俺が誰を我が者にしようと、あ奴らの知ったことではない。
それにナギサは得体の知れない者かもしれんが、イシュタール王国を脅かす存在でもテロリストでもない。
その点は十分過ぎるほど調べ上げた。

ナギサは・・・あれが言ったとおり、見知らぬ世界から迷いこんできた、ただの小娘だ。
そして元いた世界に戻りたがっている・・・俺の女。

そのときテオが、ナギサのところへ来た。

ナギサが庭に出て4週間。
ついに我が弟・テオがあれを見つけたか。



俺はしばしの間、テオとナギサを見た後、近くにあった胡桃を手に取り、2・3度上へ放り投げては右手で受け取った。

「テオをここに呼べ」
「・・・そ。国王(リ)が呼んでんの!今すぐ来なさい!今すぐっ!」

短気なジェイドは、すでに電話(フォン)に向かってわめいていた。
これは不機嫌さを隠そうともせん・・・いや、俺よりは隠す努力をしてるか。

俺はフッと笑うと、手に持っていた胡桃を、そのままグッと握った。
途端、殻が割れたパリパリという音が、室内に響いた。








「なに?話って」
「あれと何を話していた」
「あれって、ナギサのこと?噂には聞いてたけど、ナギサってホントちっちゃくて、子どもみたいだよね」

・・・テオの口調がなぜか気に入らん。

「いつからおまえは国王(リ)である俺の女を呼び捨てするようになった」
「えっ!?いやその・・・ナギサは僕の友だちだし、それに今までそれでカイルにお咎め受けたことない・・・」

グダグダ言うテオを遮るように、「あれはおまえの“友だち”になったのか」と俺は言った。

テオと楽し気に話していたナギサの笑顔や、テオを“鑑賞”していた夢見心地なあれの顔を不意に思い出した俺は、テオを鋭く睨みつけていた。
だがテオは、俺の不機嫌さに臆することもなく、いつもどおり屈託のない笑顔を浮かべて「うん」と嬉し気な声で答える。

全くこいつは・・・。

「ナギサがいた日本のことを主にね。気候や風土、使っているエネルギー資源や、獲れる作物とか、普段食べているものとか・・・」
「それで」
「気候はね、イシュタール(ここ)とそんなに変わらない。ただ今の時期の日本は、日中ここまで暑くないんだって。ねえカイル、近いうちにナギサを西の砂漠に連れて行ってもいい?ナギサ、砂漠を生で見たことないんだ・・・」
「No」

またテオのしゃべりを遮るようにその案を却下すると、テオは信じられないという顔で俺を見た。

「なんで」
「来週、アルージャとカーディフのシークがここに来る」
「だから?」

学者肌のテオは、政治や時事、国際情勢には興味がない。
そして興味がない物事に対して、これは知ろうともしない。

「アルージャとカーディフは、長きにわたって砂漠の向こうにある領土争いを続けている。それを非武装で和解させるため、中立国であるイシュタールを仲立ちとし、和平交渉が行われる。つまり、我が王国もそれなりのリスクを背負っていることになる」
「だから元々危険な西の国境付近へ、今この時期に行けば、あんたは誘拐されるかもしれない。国王(リ)の弟であるあんたを人質にして、イシュタールを味方につけて、領土頂戴って言ってくる可能性もあるわけよ!まったく・・・土ばっか構うのもいいけど、少しは自分の立場ってものを自覚しなさい!」
「わわ!分かったから!ジェイド、そんなにキレないで・・・」
「あぁ?キレるって何よ」
「日本語で“怒る”とか“喚(わめ)く”とか、そういう意味だって」

・・・我が弟である上に、同じ王宮内で育った者同士のはずなのに、どうしてここまで性格が対極なのか。
テオは父上の陽気過ぎな血を濃く受け継ぎすぎた。

ジェイドの言ったとおり、テオには国王の弟という立場をもっと自覚してほしい。
そしてこれ以上ジェイドをギャーギャーと喚かせるな!
「弟よ、場の空気を読め!」と命令しないと分からないのか!

だがテオは、この程度のジェイドの「キレ」なぞ、いつもどおり気にもしていない。
ある意味度胸があるという点は、やはり王家の血を受け継いでいる者だと言えるか。

「だったらさ、近いうちにナギサを町に連れて行ってもいい?」
「・・・あんた、私が言ったこと、聞いてた・・・」
「よかろう」
「え。カイル・・・」と言いかけたジェイドを、俺は視線で制した。

「但し、必ずおまえとヒルダ、二人が同行すること。どのあたりへ行くのか、どれくらい行くのか、行く前に必ず俺に報告をしろ」
「分かった」
「あれを絶対に一人にはするな」
「もちろん!僕、ナギサを逃がしたくない・・・」

「あれに何かあれば、弟であろうと容赦なく斬る」

逃げたところで、ナギサには行くあてもない。
だが、ここには身寄りも知り合いもいない上に、俺の女と分かれば、王宮内外の奴らがあれを利用する可能性は十分ある。
だからと言って、あれを死ぬまで王宮内に閉じ込めておくつもりはない。

「・・・分かりました、リ・コスイレ。僕、ナギサのこと、ちゃんと守ります」

俺を真っ直ぐ見ながら、そう言いきったテオは、俺が言わんとすることが分かったようだ。
世間知らずな間抜けのようでありながら、要点はちゃんと掴んでいる。
賢く、抜け目無しという点は、やはりテオも前国王(父上)の息子だな。

「頼んだぞ。あれには俺から言っておく」
「うん!アリガトウ、カイル」
「・・・今度は何だ」
「“アリガトウ”って、“Thank you”の意味だって。カイルもナギサに言ってみたら?」

俺はテオにニヤッと笑いながら、「気が向いたらな」と答えた。


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