砂の国のオアシス

「う・・」

気持ち悪い。
揺れるたびに脳の中をぐちゃぐちゃかき回されてるみたい。
助けてもらっているこの人には悪いけど、もう少しゆっくり・・・。

左にガクンと揺れた私の体を、後ろにいる彼が腕一本で支えてくれた。

「・・・すみま・・・せん」
「娘。名は」
「な・・・ぎさ、かたお・・・か」
「ナギサ。おまえを動かせば、それだけ毒が体中に回る率が高くなるが、今の状況では、救急車を待つよりおまえを病院へ連れて行った方が早い。もう少し我慢しろ」

あぁそうだよね。
助けてもらってるんだから、あれこれ文句言う立場じゃない。

「・・・ありがとう・・・」
「礼なら後で言え。ところでおまえはイシュタールの者ではないな」
「イシュ・・・何?」
「その調子だ。意識をしっかり持っていろ。死にたくなければな」
「は・・・い・・・」


ついさっきは、ここが死後の世界で、私は死んでしまったのかと思ったのに。
でも今は本当に死にかけているという状況が、信じられない。

「案ずるな。俺がそう簡単におまえを死なせはしない」

無意識に体が緊張したのが、後ろにいる彼にも分かったのか。
嘘でもこの人からそう言ってもらえると・・・安心した。

「俺はカイル。カイル・マローク」
「さっき・・・他の人たちは、リ・コスイレと呼んでいたけど・・・」
「あれは俺の役職名だ」
「英語じゃない・・・」
「イシュタール語だ。俺のことはカイルと呼んでいいぞ。今だけはな」
「それは・・・どうも・・・」

どうやらこの人は偉い人らしい。
一緒にいた他の人はカイル「様」と呼んでいたし。

それを抜きにしても、この人の話し方は、どことなく威張ってる・・・のとはちょっと違う。
威張ってるとはいっても、それで嫌な気持ちにはならないし。
声に威厳があるせいかな・・・。

でも・・・「今だけカイルと呼んでいい」という言い方は・・・すごく偉そう・・・。

「ナギサ。ナギ」
「う・・・」
「Stay with me、Nagisa.」

私の意識が遠のくたびに、カイルは「Stay with me」と言って私をこっちに引き戻してくれた。
他にも私が話し続けるようにあれこれと話しをしてくれたけど、正直内容のほとんどは、理解できなかった。

それは英語だから、というよりも、時々意識が遠のいたせい。
そして私は、カイルと話しをするというよりも、カイルが話している声を聞くことに意識を集中させていた。
彼の低い声を聞くだけで、私はまだ大丈夫だと思えたから・・・不思議と。















「デイモンマの毒自体はさほど酷くはありませんが、早く解毒をしないと、体が麻痺して、最悪死に至ります」

ってことは、意外と酷いんじゃないの?そのデイモンマってヘビの毒!

「今だから言えることですが、あなたの状態はかなり危うかった。幸い、リ・コスイレが迅速にあなたを運んで来てくださったおかげで、あなたは助かったんですよ」
「そうですか・・・ありがとうございます」

「リ・コスイレ」と呼ばれるあの男の人は、私を病院(ここ)へ運ぶと、すぐいなくなってしまったようだ。

「ようだ」と言うのは、病院へ着いた途端、私は安堵してしまったのか、それから意識がなくなってしまったから。
そして目覚めたところが病院のベッドだと分かって、泣きそうなほど安心した。

生きてる、ということに。
そしてあの人・・・カイルが本当に私を病院へ連れて行ってくれた、という事実に。

『俺がそう簡単におまえを死なせはしない』

・・・あの人が言いきったら、絶対そうだと思えた。
私の心臓が、いつもよりドキドキ響くのは、あの人の声まで不意に思い出してしまったせいなの?

とにかく、ドクターだけじゃなくて、カイルにもお礼を言いたい。

「あの・・・カイ、リ・コスイレにもお礼を・・・」
「それは私では判断出来かねます」
「・・・は?」

最初、あの人のことを「カイル」と言おうと思ったけど、「今だけカイル呼んでいい」と言われたことを思い出して、やめた。
代わりに、ドクターが呼ぶように「リ・コスイレ」と言ったけど・・・。

ドクターも知っているらしいカイルって、そんなに偉い人なの?
それとも逆に超危険人物とか・・・?

いや!だったら刑務所に入ってるとか、軟禁状態だったりするよね。
例えば今の私みたいに。

カイルにお礼が言えないのなら、それでもいい。
いいから、今のこの状態を何とかしなくては。

「だったら、この手錠を外してください」

私は両方の手首にはめられた手錠をアピールするように、ガチャガチャ言わせたけど、ドクターは私との間に一定距離を保ったまま、無表情を貫いている。

「それも私の判断では出来かねます」
「う・・・だったらそこの警察の人!手錠を外しなさい!」
「院内で大声を出さないでください」とドクターが私にクールに言うと、開いていたドアのそばに控え立っていた、警察っぽい制服を着ている人が、病室に入って来た。

その人は、ドクターとコソコソしゃべった後、すぐにドアのそばに戻ってしまった。
・・・私のことは無視か。

と思っていたら、ドクターが私を見た。

「ではお大事に」
「え。あの・・・待っ・・・」

もちろん、ドクターは待ってくれなかった。









これから私はどうなるんだろう。
両手はベッドに手錠で繋がれて・・・まるで私は犯罪者みたいじゃないの。

私はため息をつくと、ベッドを少し起こして窓から景色を見た。
手錠に繋がれていても、ナースコールやベッドのリモコンは、手の届く距離に置かれているのは、ここが個室だからかな。

・・・窓の向こうに見えるのは、やっぱり知らない景色だ。
見える建物は、日本のそれとは違うし、9歳から15歳まで過ごしたイギリスの景色とも違うけど、どちらが似ているかと言えば、イギリスのほうが似てる気がする。

とにかく、ここは日本じゃないってことは確かだ。
ドクターも英語を話していた。
ということは、ここの言葉は英語なのかな。
それにドクターと、ドアの外にいる警察っぽい人も、彫りの深い外人顔だ。

そういえば、カイルが馬で私を病院まで運んでくれていたとき、あの人は何て言ったっけ?
最初イがつく・・・イビサ、じゃない、イシュ・・・うーん・・・。
意識が朦朧としていたせいか、ハッキリ思い出せない。

カイルにはもう会えないのかな・・・。

と不意に思ったら、泣きそうになってしまった。
これからどうなるのかという不安もあるからだと思う。
あの人・・カイルがいてくれたら、私は何とかなるんじゃないかと思った。

少なくとも、手錠は外してくれるんじゃないかな。
でもここを退院したら、その後私はどこへ行けばいいんだろう。

ここがどこかもいまだに分からないのに、行くあてなんてあるはずもない。
ちゃんと知っている人は、「リ・コスイレ」と呼ばれるカイルだけだ。
ドクターは・・・カウントできないと思う、うん。
ドアの外に立ってる警官みたいな人は論外だし!

なんて堂々巡りなことを考えてる間に、私はまた眠ってしまった。



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