冬夏恋語り


これで仲直り……ということになるのかな。

といっても、苛立ってカリカリしていたのは私だけで、西垣さんにとっては意見の食い違い程度だったのかも。

手荒いキスも私を黙らせるもので、常に優位に立ちたい彼の思いのあらわれ……

仮にも結婚しようと思う相手と触れ合っているのに、やけに冷静な私は、熱に溺れることもなく彼の様子をうかがっていた。


顔が離れ、顔を上げた先に見えたのはアイスクリームの自動販売機だった。

彼が自販機を見つけたらきっとこう言うはず 「新製品をゲットしてくる」 と。

私の視線に気が付いた彼は、思った通りの言葉を残し車から降りて自販機に走って行った。


嬉しそうな顔で戻ってきたその手には、『季節限定 マンゴープリン風味』 の文字が躍るパッケージが握られていた。

もうすぐ秋よ、いつまでアイスクリームを食べるの? と聞くと、夏だろうが冬だろうが季節は関係ないんだと、アイスクリームが好きであるといってはばからない。

好物をほおばる彼は無邪気なもので、大人の激情を見せた先の姿と同一人物かと思うと、ふとおかしさがこみ上げた。



「笑うなよ。好きなものは好きなんだから」


「わかってる」



あぁ、美味しかったと満足そうに口を拭ったあと、「行くか」 と掛け声とともに車を発進させた。

新製品の味が気に入ったのか、すこぶる機嫌が良い。

東川さんに対して持ったイライラ感も、アイスクリームで払拭されたようだ。


私はというと、これからまた家に戻って、憂鬱な空気にさらされるのかと思うと気が重くなっていた。

相談もなく結婚式の日が予約され、式の内容も父の意向が重視され、父だけなら多少の反論も

できるが、西垣さんのお義姉さんという第三者がいるため、遠慮がちになり言葉を控えてしまう。

ご両親への挨拶をどうするか、そちらを先に相談したいと願うものの、私の意志とは関係なく結婚の準備が進められる。


結婚だって、私はまだ納得していないけど……

すねたくなったが、機嫌が直った西垣さんの顔を見ていたら、いまさら蒸す返すのもどうだろうかという思いになってきた。

思ったまま突っ走る父も、合理的の信念のもと計画を立てていく西垣さんも、決して悪気があるわけではなく、むしろ良いと思うからこその行動なのだ。

私の意見が反映されることは少ないが、言われるままに従い、敷かれた道を進めば悪いようにはならない。

多少の我慢は仕方ないかと、いつものように自分に言い聞かせた。


これで、万事収まるはずだった。

彼の一言がなければ……



家につき、車を降りるときのこと、立て替えたお金ってさぁ、と西垣さんが言い出した。



「彼に金を返さなきゃならないのは本当かもしれないけど、深雪、結婚式の話をしたくなくて家を抜け出す口実で、彼に会いに行ったんだよな」


「えっ……」



理由から行動まで、彼に見抜かれていた。

話し合いの席から抜け出したのは私の精一杯の抵抗だと、わかっていながら私に付き合ってくれた、気持ちを理解してくれていたのかと嬉しかった。

それなのに、次の言葉は私を愕然とさせた。



「酒のビンが割れたっての、ウソなんだろう?」


「ウソって、どうして」


「だって、おかしいだろう。一万円もするような酒のビンが割れたっての」



酒屋の前でビンが割れて、彼がそこにいて、代わりを買ってもらったなんてできすぎてるよ、と立て続けにしゃべり、ウソをつくならもっと上手い話にしなきゃ……と話し方を指南する。

何もかもお見通しですと言わんばかりに、西垣さんは私を見下ろしていた。


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