冬夏恋語り


ファミレスの態度と、家の前で待ち伏せしていた西垣さんへ、不信感でいっぱいになっていた。




「あらためて話をしよう。俺も思い込みで言いすぎた。深雪が怒るのも無理はないよ」



「父に、何を話したんですか」



「深雪に悪いことをしてしまった、俺の不徳が招いたことだとお話した」



「……どうして? 私に話す前に父に言うんですか」



「それは、その……お父さんにお話しして、許しをいただこうと思った。

二人の間に誤解があるから、わかりあえるまで時間を下さいとお願いしたんだ」



要するに、西垣さんは父を懐柔したということだ。

私ではなく、父に理解を求め、先々の話し合いを再開しようとしている。



「いっつもそう……私には相談もなくて、自分で決めて、何を聞いても教えてくれなくて……

私は待ってばかり。疲れました、だからやめにしたいんです。

なかったことにしてください」


「そうだな、いったん白紙に戻して、また話し合おう」


「そんなんじゃありません。別れてくださいって言いたいんです」



自分でも驚くほど大きな声が出ていた。

近所の犬が遠吠えをしていたが、その声にも負けない大声で、おそらくご近所中に聞こえたはずだ。

西垣さんは 「落ち着け」 とあわて、父は 「静かにしろ、近所迷惑だ」 と言い出した。

二人の姿を目にして、私は二度目の怒りの沸点を迎えた。



「落ち着いています。西垣さん、もう嫌なんです。別れてください」


「深雪……」


「待て、深雪、そんなことを女から言うもんじゃない」


「お父さんも大っ嫌い!」



昨夜は星のない空だった。

門灯に照らされた影がふたつ、そのまましばらく動かなかったと、あとで母から聞いた。






大っ嫌い……

父親に向かって言う言葉ではない。

そんなことは重々わかっているが、昨夜の私は自分を抑えることができなかった。

娘から浴びせられた言葉による父のショックは大変なものだったらしく、



「深雪に嫌いって言われて、お父さん、かわいそうに、ご飯ものどを通らないのよ」



と、母の今朝の話だったが、目の前で北条さんから話を聞く姿は、いつもと変わりなく見える。

けれど、いわゆる世間様に顔向けできない、父にとっても不名誉な私のスキャンダルを聞かされたのに 「どういうことだ! 深雪、訳を言え、わけを」 と言わないところを見ると、思ったよりショックを抱えているのかもしれない。



「……と、こういうことがあったのさ。

孫の話では、深雪ちゃんに非はないそうだから、小野寺さん、アンタも気にすることはない」



ファミレスのレジにいたのは、高校生くらいの女の子だった。

北条さんの女のお孫さんは、娘さんの長女の愛華ちゃんだけだ。

このあいだ小学校に入ったと思ったが、もうそんな歳なのか……

小さいころの面影を探しながら、レジにいた女の子を思い出そうとするが、頭に浮かぶのは、私から封筒を受け取った手は、白くてきれいだったということだけ。

愛華ちゃんから聞いたにしては、北条さんの語りは、まるでそこにいたように詳しいもので、さすが北条さんのお孫さんのことだけはある、素晴らしい観察力だと感心した。

感心したが、観察力、記憶力ともに素晴らしい愛華ちゃんから伝わった話は、話好きな北条さんの家族を通じて、どれだけ地域に広まっていくのかと思うと、ちょっとこわい。

当分、外出を控えたほうがよさそうだ。



「どうも、お騒がせいたしました」


「いやなに。おっと、そうだ、肝心なことを忘れるところだった。

これを孫から預かってきた。

代金をもらいすぎたから、おつりを渡してくれと頼まれて、それで来たんだった。

歳をとると、物忘れがひどくて困るね。あはは……」



北条さんは、修羅場の中心人物である私の様子を見に来たのか、お孫さんに頼まれてお釣りを渡しに来たのか、きっと両方だろう。

それから駅前開発についてどう思うかなどと、いかにも付け足した話をして、私が出したお茶を三杯お代わりしたのち、ようやく腰を上げて帰っていった。


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