冬夏恋語り


「我慢させていたのか」 と、自らを省みる言葉を口にしながら、そこには私を責めるようなニュアンスも垣間見える。

彼にそのつもりはないのかもしれないが、私にはそう思えてならない。

言われた言葉の受け取り方の違いが、ふたりの気持ちに溝を作っていた。

常磐さんから話を聞き、西垣さんの本心に触れることができた、こんなにも私を思っていてくれたのか、もっと話し合って心を開いてみよう、そう思っていたのに……

下を向いてため息をつく私へ 「そうなのか? 深雪、なんとか言ってくれ」 と催促がある。



「そうやって、先を話せと言われると、言えなくなります」


「わかった。だけど、黙っててもわからないじゃないか」



わかったと言いながら、だけど、と自分の言い分を口にする。

討論したいのではない、私を理解して欲しいだけなのに。



「そうね……」


「一人で納得するなよ」


「してない」



強い口調に、一瞬彼がひるんだ。

大きく息を吸って、自分の言葉で思いを伝える決心をした。




「私の質問に答えてください。西垣さん、アイスクリーム好きでしょう?」



風変わりな質問に首をかしげたが、彼は素直に返事をした。



「あぁ、そうだな」


「夏でも冬でも、季節に関係ないと思ってる?」


「一年中売ってるんだから、季節に関係ないだろう」


「じゃぁ、風鈴は? 夏だけのもの?」


「そうだよ、季節商品だ。風鈴って夏の季語だし、ほかの季節にはふさわしくない」


「でも、私は好きなの」


「好きでも、秋とか冬に風鈴は変だよ」


「好きだから変でもいいの。どうしてわかってくれないの?」


「どうしてって言われても」



すべての思いが凝縮された質問だったのに、西垣さんに理解してもらうのはやはり無理なのか……

結論を下し、最後の言葉を告げた。



「私は西垣さんの好きなものも好きになろうとした。

でも、西垣さんは私の好きなものを認めようとしないでしょう。

だから私……あなたと一緒には暮らせない」


「風鈴ごときで、そんな判断をするのか。理解できない。

考えてもみろよ、結婚と風鈴を天秤にかけるなんて、おかしいだろう」


「そうやって、いつも私を否定するんだもの。理解できないって……」



彼の口から 「あっ」 と小さな叫びがあがった。



「否定したつもりはなかった……ごめん」



彼から謝罪の言葉を聞いたのは、この時が初めてだった。

コーヒーをお持ちしましたとの声とともに、テーブルにカップが二つ置かれた。

別れ話の最中の席にコーヒーを運ぶのは、さぞ勇気がいっただろうに、顔色ひとつ変えず

「ブレンドです」 と言葉を添えた店員へ 「ありがとう」 と自然に声が出ていた。

私は、思ったより落ち着いていた。

西垣さんはうつむいたまま、辛そうに口元を震わせている。

カップを持ち上げると、立ち上る香りが鼻腔に広がった。

店内に流れるジャズの調べが、また私の耳に戻ってきた。




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