冬夏恋語り
玄関で父の靴を見つけて、「お父さんは?」 と聞くと、腰を痛めたらしいの……と母が顔をしかめたため、どこかで転んだのかと聞くと、出先なんだけど……と歯切れが悪い。
父の体が心配で急ぎ部屋に入ると 「帰ってきたか」 とそれだけ言うと黙ってしまった。
「お父さん、東川さんが助けてくださったそうですよ。
深雪、危ないところだったんですって」
「うん」
「お父さんからも、お礼を言ってください」
「あぁ」
「ちょっと、お父さん!」
「あの、お気遣いなく。偶然近くにいただけですから」
「いいえ、東川さんにはどれほどお世話になったことか。ほら、お父さん、すねてないで」
すねるって?
母の言い方におかしなものを感じて、「どういうこと?」 と問いかけて母の顔を見ると、うん、ちょっとね……と言葉を濁した。
「知ってるよ」
「何を知ってるの?」
「深雪がいた店にいたんだよ。男が深雪を連れ出したから、俺も追いかけようとしたんだ」
「お父さんもいたの?」
「そうだよ。そこでつまづいて、このざまだ」
僕から話すよと、脩平さんが話してくれたことはこうだった。
今夜、私が脩平さんの紹介で合コンへ行ったと母から聞いた父は、脩平さんから私が出かけた先を聞き出し、こっそり合コンの店に出向き様子を伺っていた。
亮君と同じく、私を誘った男性によからぬものを感じ取った父は、あとをつけようとしたが、店の段差につまづいて腰を痛め、あえなく追跡を断念したという。
「心配をかけてごめんなさい」
「無事ならそれでいい」
「お父さん……」
今夜の父も静かで、怒鳴り声が響くことはなかった。
父に謝るつもりで家まで来てくれた亮君は、怒られるどころかみんなから感謝され、父からも「娘が世話になりました」 と丁寧な言葉があり、恐縮しながら帰っていった。
一方、脩平さんとちいちゃんは 「深雪に変な男を紹介するな」 と二人並んで父に叱られたが、やはりいつもの迫力はなく、小言といったところだ。
腰が痛いとブツブツ言う父へ、あなたが余計なことをするからですよと、母は文句を言っていたが、「深雪が心配で、じっとしていられなかったのよ」 と、私にそっと教えてくれた。
父と母の思いが身にしみた夜だった。
両親の信頼を得た亮君は、それからというもの週末になると私を誘うようになり、そのたびに、彼が父に許可を取ったのはいうまでもない。
私と亮君は、角砂糖が紅茶にとけるように馴染んでいった。