冬夏恋語り


「親父さんの顔を見るのが怖いんでしょう」


「うん……」


「俺が送っていくことになってるから、俺から話すから」


「いいよ……」


「いいよって、なんでそんなこと言うんですか」


「だって、亮君には関係ない」


「関係なくはないでしょう」



関係ないと言ってから、突き放しすぎた、彼の機嫌を損ねることを言ったと思ったが、関係なくはないでしょうと返ってきた声は、予想外に優しかった。

彼の手が私の胸を抱え込み、頬を重ねてきた。

温かな手に胸を包まれ、なんともいえず気持ちがいい。



「深雪さん」


「なぁに」


「俺と未来をはじめませんか」


「えっ……あはっ、あはは……」


「笑ってもダメですよ。意味、わかってるでしょう」


「うん……」


「俺、そのつもりですから」


「でも……私、亮君より4つも上だし」


「それで?」


「だから、その……」




彼と別れて間もないからと言おうとして言葉を止めた。

亮君も彼女と別れたばかりだ、それもつい最近だから断る理由としては弱い。

一度結婚をやめたから、次は考えたくない……というのは正直な気持ちではない。

彼の言葉は想定外も想定外、まさか、この状態で未来の選択を聞かれるとは思わなかった。



「返事、もらえないんですか」


「……考えさせて」


「どれくらい?」


「えっと、今年中」


「はぁ? 長すぎ。もっと短くしてください」


「じゃぁ、2ヶ月待って。私、すぐには決められない」


「うーん……わかりました」



はぁ……と、亮君の深いため息が聞こえてきた。

ごめんね、というと、いいですよ、と言いながら足を絡めてきた。

絡めた足は、離さないぞという彼の無言のメッセージか、それとも、私に触れていたいだけなのか。


男を待たせる女になれと、人生の先輩に言われたことがある。

それだけ価値のある女になりなさいという意味だが、私にそれほどの価値も自信もない。

けれど、即断即決は無理、考えて考えて、考え抜いて……という性格でもないが、これまでのように、人任せでなんとなく流される、そんな決め方はしたくない。

2ヶ月という時間は長いのかもしれないが、1ヶ月では決められないと思った。




「そうだ、昨日の女の人って誰なの?」


「はぁ? こんなときに聞きますか」


「気になるし……」


「会社の同期。ちなみに新婚です」


「そうなんだ……」


「じゃぁ、俺も聞きます。深雪さんを誘ってた男、誰ですか」


「友達のお兄さんの兼人さん。ちなみに兼人さんも新婚さんです」



なんだ、そうだったんだと安堵の声がした。

静かに胸を包んでいた手が微妙な動きに変わってきた。

指先の刺激に思わず声が漏れる。

体の熱が再び上昇するのを感じながら、彼に身を任せるために目を閉じた。

まぶたが閉じる間際に見えたのは風鈴?

チリンと季節はずれの音が聞こえてきた、見間違いではなかった。



「いい音でしょう」


「好きな音色かも」


「俺も好きですよ」



風鈴の音が好きなの? それとも私?

私らしくない質問をしてみようと思ったのに、長いキスに阻まれて聞けずじまいだった。



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