冬夏恋語り


冬が駆け足でやってきた。

今年も残り少なくなり、私と亮君にとって大事な事柄も迫っていた。

急に冷え込んできた朝、布団から顔だけを出した格好で 「寒そうだなぁ」 と亮君がつぶやいた。



「そんな理由は通用しません。起きて」


「あとちょっとだけ」


「これからもっと寒くなるのよ。お布団で過ごすつもり?」


「部屋の中、今日は冷えてそうだから、温まってから起きようと思って」


「じゃぁ、ヒーターをもう一台用意しておくね。明日の朝、ちゃんと起きられるように」


「いやいや、居候の身分でそんな贅沢できないでしょう。寒さは我慢します。

だから、あと少し寝かせて」



朝が苦手な亮君は、なんだかんだと理由をつけて布団から出ようとしない。

真冬になったらどんな言い訳をして布団に居続けるつもりだろう。

春は 「春眠暁を覚えず、だから眠いんだ」 とゴタクを並べるかもしれない。

夏になったら 「暑そうだなぁ」 なんて当たり前なことを言うのかも。

まだ未体験の彼との一年を想像すると楽しくなる、けれど、それはそれ、これはこれ、今日は月曜日、起きてもらわなくては困る。

彼のアパートより我が家のほうが会社から遠いのだから、余裕を持って出かけなければ遅刻もありえる。

早起きの習慣を身につけてもらうために、ここは譲れない。



「起きられないのなら、ウチから通うの、考えなおしたほうがいいかもね。

亮君を遅刻させたくないから、やっぱり別々に暮らそうか」


「イヤだ」


「じゃぁ、起きて」


「深雪さんが起こしてくれたら起きます」


「手を引っ張ればいいの?」


「キスしてください。目が覚めるようなキス」



眠り姫みたいねと冗談でかわそうとしたが、朝の挨拶ですと言って引き下がらない。

布団から出した顔が私を誘う。

艶やかに誘われると嫌とは言えず、仕方ないわね……と折れたふりで亮君に近づいた。

身をかがめて唇を重ね、触れるだけで離れるつもりだったのに、体を抱え込まれて逃げられなくなった。

甘い感覚が体を走り、朝の挨拶では済まないキスに時間を忘れそうだった。



「深雪、亮君、ご飯出来たわよ」


「はい、いま行きます」



部屋の外からの遠慮がちな母の声に、亮君はしれっとして返事をした。

私はというと、階下から駆け上がる母の足音に反応し、体を引き離そうと試みたが彼の力にかなうはずもなく、布団の上に捕らえられたままだ。



「同居ってスリルがありますね。深雪さんを襲うときは気をつけなきゃな」


「襲うって、そんなのだめよ」


「妊娠初期は控えるようにって、病院の先生にも言われたから自重します」


「そっ、そうよ、自重してね」


「けど、安定期に入ったら大丈夫でしょう? 

我慢した反動で激しくなりそうだけど、気をつけながらって難しそうだな」


「ええっ……もぉ、やだ……」



朝から赤面するようなセリフを口にする彼は、先日私の夫になったばかり。

両家の顔合わせの席で、母子手帳の交付まえに入籍したほうが良いそうですよとの、亮君のお母さまのアドバイスで結婚式を待たずに入籍した。

入籍したのだから一緒に住んでもいいわねと母が言い出し、父の仏頂面を知りながら亮君のアパートに私が引っ越すつもりでいたのに、彼の希望から我が家に一緒に住むことになり、先週末から彼の言うところの 「居候」 となった。

わざわざ気苦労の多い同居を希望しなくてもいいのに、父に気を遣ったの? と彼に聞くと、



「実家の方が、深雪さん通勤が楽でしょう。

千晶さんに聞いたら、これからお腹が大きくなって体を動かすのも大変になるって。

だから、実家にいたほうがいいですよ。

俺が動いたほうが合理的でしょう」


「でも、亮君がウチの親に気を遣って疲れないかな」


「気を遣って当然じゃないですか。でも、無理はしませんから」



気を遣って当然と言われて、目からウロコが落ちた。

互いに少しずつ譲り合わせて暮らせばいいのだと、彼に教えられた気がした。

そして、亮君が口にした 『合理的』 の言葉に、忘れていた胸の奥の棘を思い出した。

西垣さんとの結婚話が具体化して、新居をどうするかの話になり、私の実家に同居したほうが合理だと言われて哀しかった。

自分は仕事の都合で地方に出かけることが多い、だから私の実家に住もう、そのほうが合理的だからと言って。

あのときと同じような状況になったのに、亮君の言葉には優しいものが感じられる。

私にストレスがかからないように、気持ちよく過ごせるようにとの亮君の思いが 『合理的』 の言葉に集約されていた。

西垣さんも亮君も言葉は同じなのに、私の受け取り方と気持ちのズレから、正反対の結果になった。

もしあのとき、私が西垣さんの気持ちに寄り添っていたら……

未来は違っていたのだろうか。


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