冬夏恋語り


『この秋一番の冷え込みとなりました。ストールやマフラーで温かくしてお出かけください』



見慣れた顔の気象予報士が、今日の服装を教えてくれる。

画面が変わり、今朝のトピックスが流れ始めた。

画面の大きさは見慣れたテレビの半分ほど、ここは自分の家ではないのだとあらためて実感した。




「お仕事、間に合います?」


「今日は二限目からだから、余裕で間に合うよ」


「二限目なんて言葉、久しぶりに聞いた。ホント、学校の先生なんだ」


「まだ講師だけどね」


「あっ、西垣さん、大学の先生でしたね。すごなぁ」


「たいしたことないって。去年の春まで、臨時の講師だったから」


「論文とか書いて認められたんですか?」


「まぁ、そういうことになるかな」



敬語とタメ口が入り混じった話しかけは、相手を認識する過程において行われる。

彼女はいま、俺との距離を計りながら、徐々に距離を縮めているのか。

意識してそうしているようでもなさそうで、だとしたら、人付き合いが上手い人なのだろう。



「専門は何ですか? って、聞いて私にわかるかな」


「民俗学だよ。簡単にいうと、田舎の習慣とか伝習とかを調べてる」


「そう、そう、地方の古い集落に住んでたって言ってましたね。

あれ? 新聞のコラム欄に載ったこと、ありませんか?」


「あるけど、読んだの?」


「わぁ、あれ、西垣さんだったんですね。コラム、読みましたよ。

地方の暮らしもいいけど、近くにコンビニがないから、大好きなアイスクリームが食べられなかったんでしょう?」


「うん……」



地方紙のコラムに掲載された記事は、多くの人の目に触れたらしい。

今でもときどき 「読みましたよ」 と言われる。

遠隔地のため、好物のアイスクリームを買うためのコンビにが近くにないことと、 会いたい人にすぐに会えない寂しさをのぞけば、不便もまた楽しいものである……と、そんなことを書き綴った。

コラムを読んだ深雪が 「アイスクリームを持って遊びに行こうかな」 と言ってくれたのに、新聞を読んだ何人もの人が差し入れしてくれたから、その必要はない、こなくていいと素っ気なく断った。

あのときの寂しそうな深雪の声が頭をかすめた。

別れた彼女を思い出す単語は、まだあったのか。

「こゆきさん」 は、深雪につながるキーワードをいくつも並べてくる。

もちろん彼女は何も知らずにそうしているのだが、聞かされるたびに胸が痛むこっちはたまったものじゃない。

「こゆきさん」 の苗字をさぐる糸口はないものか。

彼女がゆで卵の殻むきに没頭しているすきに、さりげなく部屋の中を回すと、壁のコルクボードに貼られた葉書が見え、宛名は……麻生恋雪様と書かれていた。

証拠をつかんだとばかりに拳を握りしめ、さっそく苗字で呼びかけた。



「麻生さん、もしかして県西の出身?」



地方の町の名をあげた。



「えっ、どうしてわかったんですか。父の実家がそこですけど」



それまでの敬うような目が一転、怪しい人物を伺う目になった。

それもそうだろう、出会って間もない男に、いきなり出身地を当てられたら気味が悪い。

ストーカーか、胡散臭い男だと思ったに違いない。

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