キスはワインセラーに隠れて


きっぱりと言い切った私の勢いに、オーナーは深いため息をつきハンドルに身体をもたれさせた。

う……もしかして、呆れられたのかな。ちょっと熱くなり過ぎた?

でも、私はまだあそこで働きたいんだもん……

決まりが悪くなってうつむくと、頭の上に優しい重みを感じた。


「……そこまで言われちゃったら、何も言えないな。環ちゃんのやる気はわかった。俺の店をそんな風に言ってくれてありがとう。
でも……雄河にはホント要注意だから、山梨の件、俺の方でもやれることがないか考えておく」


オーナーの、クマさんみたいな大きな手が私の頭をぽんぽんした。

なんか、オーナーってお父さんみたい。なんて言ったらまだ三十代のオーナーは怒るかもしれないけど、それくらい安心する。


「ありがとうございます、頑張ります」


オーナーに笑顔を見せて、私は車を降りた。

エレベーターのない安アパートの階段を、自分の部屋のある四階まで駆け上がっていく。


……そうだ、今日からちょっと本気で男っぽい生活の研究でもしてみようかな。

まず、座るときは胡坐だよね。それからお風呂は短め。食事は豪快に。あと、トイレは…………って。

さすがにそこまで厳密にやらなくていいでしょ。

でも、藤原さんと同じ部屋で一日を過ごすと思うと、何を突っ込まれるかわからないからなぁ……


部屋に着くと、気持ちを切り替えるようにシャワーを浴びた私。

そして身体を洗う時に目に入った自分の小ぶりな胸を見て、ふと思い出したのは藤原さんの失礼発言。


『――んなわけない、か。色気も胸もないし』


そりゃ、確かにそうなんだけど。むしろ、そう思ってくれた方が助かるんだけど。


「やっぱり、ちょっと複雑……」


職場で隠してる女子心が家ではどうしても出てしまい、私はそんな風につぶやいて頭からシャワーをかけた。


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