世界でいちばん、大キライ。
つい見惚れていると、水を差すように携帯の着信音が聞こえてくる。
お互いに一瞬空気が止まったように視線を合わせ、無言で曽我部がポケットから携帯電話を取り出した。

手早くマナーモードに切り替えるが、バイブ音はまだ続いていて。その音は、閉店間近な閑散とした店内で桃花の耳にもしっかりと届く。

「……ほかにお客様いないですし。出ても構いませんけど」
「……いや。別にあとでもいいんだ」

ふいっと顔を逸らして淡々と答えた曽我部は、画面に一度触れてその音を止めるとまたポケットに携帯を突っ込んだ。

(……仕事の人?それとも……奥さん、とか)

テーブルに置かれたコーヒーに視線を落とす曽我部を眺めながら、漠然とそんなことを心に思う。
ようやく我に返った桃花が挨拶をし、一礼して背を向けると、ゆっくりとカップに指を掛けた。

パントリーに戻った桃花は、トレーを力なく元に戻すと、洗い物が途中だったシンクの前に立つ。
観葉植物の隙間から覗き見るように、自分の淹れたコーヒーを変わらぬ表情で口に含む曽我部を気にしていた。

カシャッと手にしたカップを流水ですすぐ。
しかし、ざわつく心が抑えきれなくて、その手を止めてしまう。

(なにを……そんなにショックを受けることがあるの? 家庭持ちという可能性は前々からあったことだし、それを決定づけるように〝麻美〟という子にも会ったじゃない)

右手のスポンジを包む泡を見つめ、あの日目が合ったはずの自分を避けるようにした麻美を思い出す。

(あれって、ただの反抗期とかとは違う気がしたけど……)

そのことを回想しながら、無意識に再び手を動かし始める。
桃花があのとき表情も少しだけ見えたそれは、気まずいような雰囲気ではなくもっと違うものを感じていた。

もっと、対等的に感じられる突き刺さるような視線――。
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