世界でいちばん、大キライ。
「その時のラテアートを思い出すだけで、悲しい記憶が少し温かい気持ちになるって。だから、桃花さん、自分も誰かをそういう気持ちにさせられるようなバリスタになりたいんだって」

麻美から聞く桃花の想いに、久志は何気なく口にした自分の過去の言葉を恥じる。

『気楽でいいよな』と、前に水野の前で漏らした。
あの時も、本心からではなく、ジョシュアへの嫉妬のようなものではあったけれど、桃花の仕事をどこか軽んじていたのかもしれない。

そんな思いと共に仕事と向き合っていたなんて。
自分の方がずっと仕事に対して不誠実で、ある程度のところまでと妥協してきた気さえする。

そんなこと、桃花のコーヒーを毎週のように飲んでいたのだから気付けたはずなのに。

そんなところが自分とは大きく違い、差を感じさせられる部分かもしれない。
自分とは違い過ぎて、距離を取ろうとしていた。でも、結局はこうなってしまった。

疑いたくもなるほどに、真っ直ぐな思いで向かってきていた桃花に、どこか喜びを感じていた。
自分にはない魅力を持つ相手だからこそ、どこかで執着するように、憧れて――。

「そんな話聞いちゃったら……あたし、それ以上引き止めること出来なかった」

(オレもそれを聞いた上で、彼女を引き止められるのか……?)

不意に迷いが生じた久志は、遠くを見るようにテーブルの上のココアを見つめる。

「でも、桃花さんもあたしも! 言いたいこと言ったから、後悔してないし、きっとこれからもしないと思う! だけど、ヒサ兄はまだなんにも言ってないよね?!」

麻美にけしかけられると、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
それから、覚悟を決めた瞳でずんずんと廊下を歩き、自室へと籠もってしまった。
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