世界でいちばん、大キライ。
「そう。一年。だから、卒業まで。卒業したら……」
「……したら……?」
「ニューヨークに行くの」
「えっ?!」

桃花の驚きの文句と共に、進行方向の信号が青く光る。
スタスタと先に渡り始めたのは麻美。
それを慌てて追うように、小走りで桃花が後を追う。

渡り切ったと同時に、麻美が再び足を止めて顔は正面を向けたまま言った。

「両親が向こうに先に行ってるの。あたしはそれを、『卒業まで日本にいたい』って粘ってヒサ兄に泣きついた」

すっかり冷たくなった秋風に、絹のような髪を横に靡かせながら麻美はその日を思い出すように目を閉じた。
すぐにそのぱっちりとした目を開くと、くるりと桃花に向き合う。

「麻美ちゃ……」
「Hi! Do you still remember me?」

桃花が口を開きかけたタイミングで、横からひと際大きな声が割り込んできた。
ふたりはまるで姉妹のように同じような顔をして、その声の方に振り向いた。

「Thank you for the other day!  I owe you one」
「あ!」

その先に居たのはこの間道を尋ねてきた外国人。
偶然にまた見つけた桃花の姿に、笑顔で声を掛けてきたのだ。

その時と少し違い、突然に横から話しかけられて、桃花はパニックになりかけながらもどうにか彼の言ったことを頭で訳す。

(「この前はありがとう」って、今言ってたはずだから……)
「え、えーと……ま、My pleasure!」
「See you,bye!」

彼は満面の笑みで大きく手を上げ、すぐにそのまま通り過ぎて行ってしまった。
咄嗟のことだったが、どうにか対応できた、と桃花が胸を撫で下ろしながらその背中を見送る。

横顔に穴があくほどの視線に気付いた桃花が振り向いたときに、麻美は驚嘆する。
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