世界でいちばん、大キライ。
「前に、『留学したい』とかって言ってたけど、それってなんのため?」

なぜか、同時に足を止めて視線を交錯させていた。
立ち止まって久志を見上げる桃花は、少しの間のあとに、その間をごまかすような笑いを零す。そして、恥ずかしげに俯いて答えた。

「そんなこと言ってたんですね、私。……それは、もっともっとラテアートに深く触れてみたいからです」
「どこ? ラテ……エスプレッソだったら、イタリア?」
「あ、本場はイタリアですよね。ウチの店長もイタリアに行ってたみたいで、もちろん興味はあるんですけど、アメリカのシアトルにはたくさんカフェが立ち並んでるみたいで」

桃花は自然と顔が綻んで、まだ見ぬ世界を想像しながら期待を瞳に映し出す。

「アートがとても豊富で、世界大会とかもそこで開かれるくらいだから。いつか必ず、自分の足で行ってこの目で見て、味わって、腕を磨きたい」

改めて自身の夢を口にして再確認すると、桃花はやる気になってくる。
秘めた熱い志に触れた久志は、そこまで強い思いを抱いて日々頑張っているという女性には出会ったことがないのもあって、ただただ感心して見ていた。

「なんかすごいな……」

ひとり熱くなっていたことに我に返った桃花は、羞恥に満ちた目で久志を見上げる。
それから、パッと視線を落として、もそもそとした声で言った。

「いっ、いえ。夢、ですから。まだ費用とか、いろんなことが非現実的で……」
「いや、すげぇよ。オレなんか、小せぇことばっか気にしちまって、全然前になんか進め……あ、いや。なんでもない」
「……麻美ちゃんのこと、ですか?」

なぜか言葉を濁した久志に疑問の目を向けた桃花は、思わず口からそう零れ出ていた。
余計なお世話だった、と桃花が気付いてももう遅く。
口にしてしまったことは、すでに久志の耳に届いてしまっている。

肩を竦めるように久志の出方を恐る恐る待っていると、予想に反して、ものすごく柔らかな声が桃花に届く。

「まぁ……そうと言えばそんな感じだけど、そうじゃないっつーか、な」

月明かりのような柔らかさ。
久志を覆うオーラを例えるならば、そんなような静かな光。

桃花は漠然とそんなふうに感じながら、何かを抱えている久志を見つめた。

「留学(それ)、決まったら、寂しくなるな……」
< 56 / 214 >

この作品をシェア

pagetop