世界でいちばん、大キライ。
桃花はそれから顔を上げることが出来なくて、台に置かれたメニュー越しに会話を重ねることしか出来ない。

「マンデリンと、カフェラテで」
「お持ち帰りですか?」

いつもなら、そんな言葉を久志に向かって言うことはない。
久志は必ず店内でコーヒーを飲んでいくからだ。

けれど、今日は違うかもしれない。
桃花は至って普通の質問を投げかけただけのはず。しかし、表向きの顔とは違って、内心は不安で仕方がなかった。

テイクアウトだと答えれば、もしかしたら、このふたりはそのまま久志のマンションへと行くのではないか。

そんなことまで考えてしまって、桃花はいつものように笑えない。

そんなふうに気まずい思いをしているのは桃花だけではない。
もちろん、久志も予定外の流れとはいえ、ソッジョルノに足を踏み入れることになっただけで桃花を思い出し、どこか罪悪感を抱いていた。
それがまさか、その本人が店内にいるなどと、全く予想もしていなかったことだ。

ふたりの間には微妙な空気が漂う。

「……いや」

少しの間の後口にした久志の答えにホッとして、無意識に張ってた肩の力が幾分か抜ける。
それでも、桃花の不安全てが解消されたわけではない。

店内でコーヒーを飲むということは、その間店員として、否が応でもこのふたりを気にしていなければならない。

見たくない。でも、気になる。
視界に入らないでほしいけれど、見えない場所に行ってしまえば、もっと気を揉んでしまうことだろう。

桃花は〝究極の選択〟に迫られたかのごとく、ぎゅうと胸を締め付けられる。

「お席にお持ち致しますので」

なんとか営業スマイルをほんの少し口元に浮かべて言うと、視線を上げることも出来ずにそのままコーヒーを淹れる準備に取り掛かった。
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