王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~

「こっちへ」


ランバートは抑えた静かな声で小さく囁き、エリナの腕を引いて歩き出す。

ランバートは収穫祭の主催者で、この地域の領主でもあるわけだから、会場を歩けば王太子であるキットと同じくらい注目を浴びてもよさそうなものなのに、その地味な装いのせいか、案外スムーズにホールを抜け出した。


手を引かれたまま廊下を歩き、賑やかな舞踏ホールを離れると、ランバートはようやく腕を放して振り返った。


「しかし、よくアレがお前をひとりにしたものだな。こちらから出向こうかと思っていたところだった」


そう言ったランバートの唇は皮肉気に歪んでいるが、褐色の瞳は楽しそうで、だけど少し残念そうでもある。

これにかこつけてキットをからかえなかったことが不満なのかもしれない。


そう思ったとき、背後から賑やかな音楽と声と雑踏がわずかに聞こえてきた。

舞踏ホールで大円舞曲が始まったのだ。


「さあ、我々も急ごう。まずは私が、お前との約束を果たしてみせよう」


ランバートが不敵に笑うと、地味な色合いの衣装を着ていても、彼の貴族らしい堂々とした風格が戻ってくる。

エリナは屋敷の奥へと誘うランバートの斜め後ろを歩きながら、ドレスの隠しに入れてある小瓶に指先で触れて確かめた。
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