恋をしようよ、愛し合おうぜ!
それから、私がポージングやメイクを時々教えているという話に発展した結果、女子社員4人に、私のメイクのお直しの仕方を、この場で急遽デモンストレーションすることになった。
お昼休み中だけだし、何より無料だから、本当に簡単に。

「・・・で、チークはもうホント、ちょっとだけ。これは見た目、すっごいピンクだけど、実際つけると・・・はい、こんな感じで。目立たないでしょ?」
「ほんとだー。でも発色いいよねー」
「これが普段なつきさんが使ってるメイクグッズ?」
「はい、そうです」
「意外と少ないんだね」
「でもすっごくキレイに仕上がってる!」

とガールズで盛り上がっている中、「なつき!」と野田さんに呼ばれた。

「・・・はい?」
「おまえ、そんなもん広げて何やってんだよ」
「何って・・・?」
「ここは会社だぞ。おまえは仕事しに来てんだ。遊びに来てんじゃねえぞ!」
「分かってますよ。そして今はお昼休み中で、今このオフィス内には来客もなく、これから15時まで来客予定がないことも、私は分かってるつもりですが」
「野田課長、これは私たちがなつきさんに頼んだことですよ」
「そうですよ。それを一方的になつきさんだけ責めるのは、どうかと思いますけど」と他の女子社員達にまで言われた野田さんは、グッと言葉を詰まらせた。

この場にいる花田さん以外の3人は、「野田ファンクラブ」の会員らしいけど、彼女たちはみな、野田さんに甘く淡い幻想を抱いていない。

『あのムスッとした感じがね、仕事できます!ってオーラ出しまくってんのよぅ』と言ってたから、そういう男(ひと)が好みなのかも・・・。

でも、野田さんが言いたいことも分からないことはない。
それにこの人と仲たがいしたままだと、仕事もしづらくなる。
私のメイクグッズは5人分のお弁当より広げていないけど・・・仕方ない。
ここは負けて勝つか。

「すみません。以後慎みます」
「ま・・・そこまで言うなら、おう」

と、野田さんらしからぬ意味不明な言葉を発しながら、スタスタと歩いて行く後姿に、アッカンベーでもしてやろうかと思ったけど、もちろん私は、そんな大人げないことはしなかった。



お昼休み後、1課の営業マンたちが外出している間、私はパソコンに英訳を入力していった。
16時過ぎ、出先から帰って来た野田さんと荒川くんにプリントアウトした英訳用紙を見せて、チェックしてもらいながら、二人から出た訳上の質問に答える。

仕事モードの野田さんは、私につっかかってくることはない。
純粋に私のことを、ただの通訳兼翻訳家として見ているからだと思う。
それを、束の間あるプライベートなひとときの間も、続けてくれたらいいのに・・・。
と私は思いながら、変更した一部分を入力し直して、文書に保存したところで、本日の私の業務は終了。

「なっちゃーん、ラッシュが始まる前にとっとと帰れよー」
「・・・はぃ」

野田さんって言い方は乱暴なんだけど、私が朝弱くてラッシュに酔うと知って以来、朝一とラッシュの時間を避けた時間にアポイントを入れてくれる。
私のこと嫌ってるくせに、気が利いて、何気に優しいときもあって。

私は「何となく面白くない」と思いつつ、でもそんなそぶりを全然見せずに笑顔を貼りつけると、1課の人たちに「お先に失礼します」と言った。

そして金崎さんのところへ挨拶へ行こうと歩き出したとき、なぜか横に野田さんがいた。
怪訝な顔で隣のイケメンを見上げると、「下まで送る」と言われてしまった。

・・・せっかくこの人から解放されたと思ったのに。
でもここで断るのも大人げない。
もしかして、この人も出かけるんじゃない?
と一人納得した私は、嫌そうなため息をつく代わりに、シトラスの香りに気を取られないよう、金崎さんに挨拶をした。
今日お昼を一緒に食べた女子社員さんたちに挨拶をしている間も、隣にいる野田さんが気になるのは、たぶんファンクラブの会員である彼女たちが、ニッコリ笑って野田さんを見ているからだよね・・・きっと。


エレベーターを待ってる間、周囲には誰もいなかった。
ちょっと気まずいと思った私は、「これから出かけるんですか?」と、隣にいる野田さんに聞いてみた。

「いや。今日は5時から営業会議がある」
「あ・・・・そう、ですか」
「なんだよ」と言いつつ、私を見た野田さんと視線が合う。

「あ、いや。それで今日は営業のみなさんが、この時間にほぼ勢ぞろいしていたんですね」
「ああ」と野田さんが答えたとき、エレベーターが来てくれて、私はなぜかホッとした。

エレベーターに乗っていた海外事業部の営業マン数人と、通りすがり、気軽におしゃべりをしている野田さんを見た私は、「この人って同性にも人気があるんだ」と思った。


「次は来週の火曜日ですね」
「おう。金曜からクライアントと一緒に打ち合わせ入るから、訳の量が増えると思う」
「分かりました」
「進行具合によっては水曜か木曜にも来てもらうかもしれねえが、来れるんだろ?」
「大丈夫です」
「そんときも朝と夕方のラッシュ外の時間でいいぜ」
「あぁ、すみません」

あの時咎めることはしなかった野田氏だけど、忘れてはいないようだ。
まぁ、あれは2日前のことだし。
つい恐縮して謝る私に、野田さんはククッと笑った。

「おまえ、朝弱いしなぁ。またラッシュに酔ってヘタられてもなぁ」
「そのときは野田さんからチョコバーもらって、すぐ元気になります」
「俺にタカってんじゃねえよ」と野田さんが言ってる間に、エレベーターが下の階に着いた。

今の雰囲気、和やかで、野田さんから敵意なんて微塵も感じられなくて・・・いい感じ。
と思いながら歩いていたのに・・・「おまえ見てるとムカつく」って発言、何っ!!!
そんなことを面と向かって言われたの、いじめられた中3のとき以来かも。

私はピタッと立ち止まると、野田さんをまじまじと見た。

この人から嫌われてるって分かってる。
でも野田さんからじゃなくても、誰かからダイレクトに嫌味言われると・・・いくつになってもやっぱり堪(こた)える。

「・・・だったら、私のこと見なきゃいいでしょ」
「ちげーよ!だから・・・おまえのことをつい追っかけて見る俺にムカつくって意味だよ!」
「それ・・・ずいぶんと端折った言い方でしたよね。意味が全然違ってくるくらいに!」

つい泣きそうな顔から一変、今度はあきれ顔で野田さんをまじまじと見た。

「あ?そっかー?」
「そうですよ!どっちにしても、野田さんは私を嫌ってるって分かってるし。でもちょくちょく当たるのはやめて・・・」
「おまえのことは嫌いじゃねえ」
「はあ?そうは思えないけど?」
「派手女は俺のタイプじゃねえが、おまえのことは嫌いじゃねえよ」
「じ、じゃああれだ。野田さんって、好きな女の子の気を惹くために、その子をいじめるってタイプでしょ」と言いながら、私は照れ隠しに歩き出した。

あぁ、なんか・・・今は野田氏の顔をまともに見れない。
しかも!なんで私ひとりで勝手に照れてるんだろう。
野田さんが私のことを嫌いじゃないって言う意味は、言葉どおりの意味で、それ以上の意味なんてないのに・・・。

「あぁ?そんな小細工、ガキの頃に卒業したぜ」
「あ・・・・・・そう・・・」

この人、何かと私につっかかってるって自覚もないのか!
てことは・・・それが野田さんの本来の姿?素??

それで妙に納得した私は、満足気な顔で、受付嬢の佐藤さんに訪問証を返した。

「じゃあこれで」
「おう」
「おつかれさまでした」
「これからの予定は」
「え?えっと、打ち合わせが1本。晩ごはん食べながらします」
「ふーん。じゃあ今度、晩メシ食いに行こうぜ」
「・・・・・・なぜ」
「俺が奢ってやるからよ」
「いや、だから。なぜ」
「んー。おまえがちゃんと食ってんのか、気になる」

と言う野田氏の顔は、至って真面目なんだけど、どことなーく照れてるような気がしないでもなくて、見ている私まで照れが伝染してきた。

「あ・・・あ。大丈夫です、けど・・・」

なんか・・・調子狂うなぁ。
早くこの場を立ち去りたいと思った私は、「それじゃあ」と言って、そそくさとビルを出た。



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