むとうさん
「むとうさん、この方自動車の設計してるんだって。むとうさんこの前新車買ってたよね。」

ムトウさんは眼鏡の奥からじっと私を見た。少し距離があるけどはっきりと鋭い眼光を感じた。

「…ええまぁ。ホンダの新しいSUVね。」
うわ。うちの車だ。絶対あの車種だ。予約数が既に多くて、エクステリアも燃費の良さも絶対人気が出るって踏んでたコンパクトSUV。

「うちの会社の車です!嬉しいです!」

この時からむとうさんが私の中で知り合いのカテゴリーに入ったのだった。

その日はお客さんは私たちだけで、3人で車の話をした。とは言ってもほぼ世間話の域で、むとうさんは相変わらず静かで、自分の話はほとんどしなかった。彼の素性は不明のままで。

ただむとうさんは車が好きなようで、外車から国産まで色々な車を所持してることが分かった。

「まぁ全部自分で乗る時間がそんにないんだけどね。移動で車は使うけど。」

私は自分の仕事に興味を持ってくれた人たちに車の内側の話をするのが楽しくてむとうさんのことを尋ねるタイミングはなく、日付が変わったところで私は家へ帰った。

家路までの雑多さは相変わらずだったが、何もない一人の夜が街と溶け合ったように感じた。
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