むとうさん
「あ、急に音信不通になったんだけど、今仕事中また連絡先が分かって。それで思い出して話したんですよー。」

なんでこんな話してるんだろう。悪くも良くもならない空気の中で取り乱してどんどん1人になっていく。柏木さんはテーブル席を拭いている。

「で、あんたはどうしたいんだよ。」

「え?」

グラスの中の氷の山がカクッと小さな音を立ててグラスの中で崩れた。

いつもなのかもしれないけど、むとうさんの目は真剣だった。

「あんたとして、そいつと今後どうしたいんだってこと。」

「私は…」

色んなことが頭を駆け巡る。最近の自分の生活、達也の笑顔、家庭があるか核心に迫った時のこと…

でも、何故かむとうさんとの出来事のほうが簡単に多く思い出された。もう、達也のことは過去のことなのか。

「相手がどうだから、じゃなくてあんたがどうしたいか…ちゃんと腹くくれよ。」

むとうさんはふっとわらってウィスキーグラスに口をつけた。

あぁなんて救われる言葉なんだろう。
私は達也のことを好きでいても、嫌いになってもいいんだ。
咎められるわけでもなく、慰められるわけでもなく、私は自由なんだ。

何よりむとうさんに言われるとどんな法律より絶対的な強制力があるように思える。

むとうさんの赦しという大船に乗って、世界の五つの海を期限も決めず、きままに航海するような。

「もういっぱいおつくりしますか?」

柏木さんがむとうさんの灰皿を交換しながらにっこりとした。


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