むとうさん
家がスナックを経営していたけど赤字だらけで借金ばかりだったこと。小さい頃からご飯が用意されていない時が多くて1人でご飯を食べていたけど、料理は未だにできないこと。大学まで通った時に親が夜逃げして、なんとかお金を工面したこと。

「それからだよ。俺がこの道になったのは。」
「…。」
わかっちゃいたけど。毎晩ご飯が用意されて、普通に大学まで通わせてくれたうちから比べると信じられない。

「なんて顔してんだよ」
「だって…小学生から夕飯毎晩1人で食べているなんて。大学通っている時に親が急にいなくなるなんて。」
「なんも恨んじゃいないんだぜ。見栄っ張りで高級車買ってたお陰で車好きになったしよ。」
ソースアボカドもな。むとうさんは少し口の端をあげて笑った。

そうか。きっと醤油は料理する家には入れ替わり激しく常時あるけれど。それがなかったからずっと冷蔵庫の隅にあったソースをかけたのかもしれない。たった想像の域ではあるけれど。

「それに。今俺楽しいんだよ。自分で切り開いてきたことがたくさんあるから。」

自分で創り上げた人生…周りに何も言われなくても強く生きてきたむとうさんはすごい。
今楽しいと思っている生活の中に、私も何パーセントかは入れてくれてるのだろうか。

というか、こんな話をむとうさんが私にしてくれたことが嬉しい。

カウンターに置かれたマッカランのカスクストレングスが飴色に輝いていた。
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