契約違反
不意に掛けられた声に振り返れば、背の高い、一般的に言えばイケメンの部類に入る男の人がそこに立っていた。


『あの、私、ですか?』

『そう。君。バイトしない?』

『は?バイト、ですか?』

『俺の絵のモデルになって欲しい』

『モデル?嫌です。バイトなら間に合ってます。他を当たってください』



イケメンなのに残念なくらい怪しい人。

ナンパにしたって下手くそだ。

きっと変な仕事してるに違いない。

あーヤタヤダ。都会は怖いところだ、油断できない。



そう思って無視して歩き続ける私にめげず、追いかけてきた彼は、何度も何度も熱心に話し掛けて来た。



『君は、創作意欲を掻き立てる』

『兎に角、一度でいい、俺の絵を見てくれ』


そう言って私の前に立ちはだかる彼の瞳が、あんまり真剣なものだったから。


『それじゃ・・・一度、見るだけ―――』



ほぼ強引に画廊に連れて行かれて目にしたのは、一枚の風景画だった。

花咲き乱れる草原の中にある一件の水車小屋。


『すごい、風が吹いてくるみたい』


見た瞬間、そう思った。

絵のことはよくわからないけれど、素直に綺麗だと、この人が描いた他の絵も見たいと、そう思えた。


『俺は、人を描きたいんだ。美しさも汚さも、人の内面をえぐり出して、俺はここに描き出したい』



ありのままを表現したい。

君を描かせてくれないか。



あの時そう語った輝く瞳は、今も変わらずキャンバスの向こうにある。

今にして思えば、あの時既に、彼に心を奪われたのかもしれない。
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