倦怠期です!
「あの。このことは誰にも言わないでほしいんですけど・・」と、私が控えめにお願いすると、有澤さんと仙崎さんは「うーん」と唸りながら、考え込んでいる。
水沢さんに至っては、今にも寝そうな状態だ。

「中元さんには言っておいたほうがいいかもしれない」
「え?でも・・・」
「俺もそう思う」
「有澤さんまで!?なんでよ!」
「お父さんは、おまえの勤務先を知ってるんだろ?」
「・・・あ。うん・・」
「今度は会社の前で待ち伏せしてるかもしれないよ」
「う・・・やだ」
「“鈴木香世子の父です”って言えば、事情を知らないタハラの人たちは、おまえの居所まで教えるかもしれないだろ?」
「そんな・・・で、でも、できれば会社の人たちには、知られたくない」
「話を聞いた限り、お父さんの経済状態は、まだ切羽詰まったとこまできてないと思うから、全員に言う必要はないんじゃない?」
「中元課長には話しておけ。塚本課長は今、会社にはほとんど来てないから、わざわざ言わなくてもいいだろう。後は課長の判断に任せろ」

冷熱2課の塚本課長は、施設2課の畠山課長と一緒に、新設された食品工場の現場へ10月半ばから行ってるので、会社にはほとんど顔を出してない。
それ抜きにしても、会社の人たちにこの恥を知られることは、ひとりでも少ない方がいいと思うんだけど・・・。


「すずちゃん、こういうことはひとりで抱え込まないほうがいい。だから有澤の言う通りにしな」
「・・・はぃ」
「俺も気をつけておくから」と言って立ち上がった仙崎さんに、「すみません」と私は言った。

あぁ!お父さんに同情してお金をあげてしまったばっかりに、事がどんどん大きくなってしまって・・・!
ホント、お姉ちゃんが言ったとおり、私は「バカ」だ。

「一応、因幡と戸田にも言っとけば?」
「戸田さんより、小沢さんのほうがいいんじゃないすか」

なんて会話を、有澤さんと仙崎さんは玄関先でしている。
当事者の私がここにいるというのに・・・会話に加わる余地がない!

「あー、そーだねー。とにかくすずちゃん」
「はいっ?」
「俺は誰にもしゃべんないから。安心して」
「あぁ仙崎さん。ホントにいろいろすみません」
「気にしない、気にしない。それじゃーみんな、良い週末をー」と言って玄関から出た仙崎さんに、有澤さんは「はーい。おつかれさまですー」、私は「いってらっしゃい」と言って、姿が見えなくなるまで見送った。



それから私は、冷めきったおでんの大根を、ようやく一つ食べ終えると、帰ることにした。
まだ電車も動いているし、酔いつぶれた水沢さんもいるからいいと言ったのに。

「送る」
「でも・・」
「逆にこの時間帯だから、お父さんと駅で鉢合わせする可能性もあるだろ?」
「そ・・・かな」

ありえないことはない。
むしろ、ありえる・・・かも。

私はつい、すがる目で有澤さんを見た。

「おまえをまた怖がらせるつもりはなかったが、可能性があると思うから。脅してごめんな」
「いいの。有澤さんが言うこと、分かる」
「俺、全然飲んでないから運転しても大丈夫だぞ」
「あ!水沢さん、どうする?」と私は言うと、ソファで寝ている水沢さんに視線を移した。

「ここで寝かせとけばいい。こいつ、過去にも何度か終電逃したって言ってはここに泊まったことあるし」
「あぁ、そうなんだ」
「ジャケット着たか?よし、じゃー行くぞ」
「はーい」

というわけで、ソファでいびきをかいて爆睡している水沢さんには「留守番」してもらって、私たちは有澤さんちを出た。


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