砂糖漬け紳士の食べ方
《8》 エセ紳士の内幕


結局その後一週間、伊達からは何の連絡も来なかった。

奇しくもそのお陰で、アキは今まで溜まっていた取材メモやレコーダーの文字起こし等に集中する事が出来たのだった。


記事の内容については、編集長と打ち合わせを重ねに重ねた。

伊達が日展特別賞を受賞するまでの簡単な経歴を作品と共に紹介し、それからの停滞期…そして復活に至る流れを力強く書き上げる予定で、最終的にめでたく決裁がもらえた。



「先輩、伊達先生のところにお見舞いに行きましょうよー」


伊達が風邪を引いたことを聞きつけたらしい綾子は、週明けからやたらアキをそう誘ってきている。

アキは、隣で腕を引く彼女をまるで無視したままでキーボードを打ち続けた。



「行くなら一人で行ってきな」

「えー」



綾子がグロスを塗った唇を柔らかく突き出す。

明らかに不満をアキへ示したいらしい。



「せっかくだから伊達先生とお近づきになりましょうよぉ」

「い、や。綾子一人で行って来なさい。私は忙しいの」


接待の夜から、綾子の伊達に対する目はあっけなく変わり、今や『アイドルを追っかけるおばちゃん』よろしく、嬉しそうにアキとの話題の中に伊達について混ぜ始めている。


そんなフワフワピンクな追っかけ気分に巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。

アキは綾子の提案に対し、強い拒絶を示すように、更に乱暴にキーボードを叩いた。



「桜井、作山が来てるぞ」


突如背後からかけられた声に、振り返る。中野だ。

彼が顎でしゃくった方向には、同期生の姿があった。


「あっ、はいはい、今行く」

それはまさしく天の助けとばかりにアキは席を立つ。

これ以上綾子の世間話に付き合えば、きっと精神的ダメージは軽症で済まないだろう。




パンツスーツを着こなした作山が、アキに軽く手を振った。

その手に書類があった為、アキは仕事関係の呼び出しかと思ったが、しかし作山の第一声は
「ねえ、いつ女子会やるのよ」だった。



「予定分かったらメールするって言ったじゃない、アキ」

「……そうだったね、ごめん。思いっきり忘れてた」


アキを責める代わりに、作山はこれ見よがしにため息をついた。



「まあ、そんなこったろーとは思ったけどさ。それで直接編集部に来たの」


勤務表の決裁をもらうついでにね。作山は手の書類をピシャピシャとアキの肩に当てながら言う。


「あー……それが」アキの目が宙を泳ぐ。



「取材予定が大幅にずれちゃってさ。まだ未定なんだよ」

「取材予定って…前に言ってた画家さん?」

「そう。なんか、風邪を引いちゃったらしくて」



作山は興味なさそうに「ふうん」と軽く返す。




「じゃあ代わりに、これからランチでどう?ちょうどお昼だしさ」



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