今度こそ、練愛

「行かないで……」



掠れた声で、今にも頰から離れそうになる川畑さんの手を握り締めた。



私は、なんてバカなんだろう。
引き止めてはいけないとわかっているのに。
これじゃあ、あの時彼に縋っていた彼女と同じ。惨めな結末を迎えるに決まってるのに。



こんなはずじゃなかったのに……



「行かないよ、ここに居る」



川畑さんは縋る私の手を解いて、再び頰に手を触れた。柔らかく穏やかな声が心地よくて愛しい。



「ありがとう」



声に出したら涙が滲んでくる。目を閉じると溢れた涙が頰を伝い落ちていく。
こんなにも弱気で脆い自分が情けなくて堪らない。



「大丈夫、ここに居るから、おやすみ」



耳元で柔らかな声を響かせて、頰にキスをしてくれた。身体中に愛しさが満ちていく。
もう目を開けていられない。
ぎゅっと唇を噛んで、嗚咽が漏れそうになるのを懸命に堪えた。



「有希、お母さんにもらったジャム、美味しかったよ、ありがとうと伝えておいて」



囁くように穏やかな声と頰に触れた手と。
心地よい揺らぎに包まれながら、いつしか私は眠りに落ちていった。








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