今度こそ、練愛

高杉さんと仲岡さんにも挨拶を済ませた。
今朝以来、岩倉君は何にも言わない。何故そんな質問をされたのか気にならない訳はないけれど、私から尋ねることもできず。
もやもやした気分のまま時間が流れていく。



事務所で雑務をしていると仲岡さんが顔を覗かせた。目が合うと嬉しそうな顔で手招きする。



「有希ちゃん、山中さんが来たよ」

「え? はい」



声を弾ませる仲岡さんに反して私は混乱気味。いきなり来るとは思わなかったから心構えができていない。



圧し掛かる不安に息苦しさを感じながら店内へ。カウンターにもたれた山中さんの傍には高杉さんがいて、にこやかに会話を交わしている。



「お疲れ様です、先日はありがとうございました」



目を合わせることを避けて、深く頭を下げた。視線の先には山中さんの靴。私の方へと一歩ずつ進んできて目の前で止まった。



「もう良くなった? 決して無理はしないように、体調がおかしいと思ったら早めに休んでいいから」



舞い降りてくる優しい声に胸が締め付けられる。今ここで顔を上げたら山中さんと目が合ってしまうと思うと動けない。
ふと肩に載せられた手の感触に、体がぞわっと震える。



「顔を上げて、今日は展示会について話しに来たんだ、いいかな?」



穏やかな声に顔を上げると、山中さんがふわりと微笑んでくれた。




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