マネー・ドール
 改札へ向かうと、くたびれたスーツのサラリーマンに声をかけられた。
「佐倉?」
「……中村か?」
「やっぱり、佐倉かぁ! 懐かしいなぁ!」
二十年ぶりの中村は、すっかりオッサンになっていた。腹も適度に出て、髪の毛も寂しくなりつつある。
「どっか行くのか?」
「いや、帰るとこだ」
「時間あるなら、ちょっと飲もうぜ」
資料が気になったけど、懐かしい話もしたい。純粋に俺は、中村と話したかった。
 
 俺達は近くの焼き鳥屋に入り、カウンターに座った。中村は親父さんの後を継いで社長になったらしい。三十で結婚して、子供は二人。小二と年長の女の子だそうだ。
「で、お前は何やってんの?」
「ああ、俺? コンサルタント、かな」
俺は名刺を出した。だいたい、反応はわかる。
「所長? 独立したんだ!」
「まあな」
「すげえなあ……」
「お前だって、社長じゃん」
「いやぁ、俺なんか……名前だけで、俺もタクシー乗ってるしな」
だろうな。その、スーツ。
「なあ、門田さんと結婚したんだろ?」
「え、まあな……」
杉本から聞いたんだな。
「杉本、覚えてるだろ?」
「ああ」
杉本……俺はいつまでも杉本から逃れられないのか。
「あいつ、今、うちで運転手やってんだよ」
「えっ! 鉄工所は?」
「五年くらい前かなあ。潰れてな。あいつ、本社の資材部長やってたんだけど……経理部長が資材横流ししててな。しばらくは警察からも事情聞かれて……休みもなく必死で働いてたのに、かわいそうだったよ」
「そう、なんだ……」
杉本とも、もう何年も会っていない。あれきり、だな……
「聡子さん、だっけ、奥さん」
「そうそう。聡ちゃん、うちの事務やってくれててさ。杉本、なかなか仕事が見つからなくて、少しの間でもいいからってうちに来たんだけど、あいつ、人当たりいいし、評判いいんだよ。運転もうまいしな」
「でも、いかつくない?」
「あれくらいがいいんだよ。最近は物騒だからなあ」
中村は笑って、ビールを飲んだ。
「ああ、そう、写真見る?」
中村はスマホを出して、画像を出そうとしたが、老眼が進んでいるのか、若干画面が遠い。
「あったあった。夏の慰安旅行のやつ」
 そこには、杉本一家が笑っていた。何年かぶりの杉本はガタイのいいオッサンで、聡子さんは地味なオバサンで、いい父ちゃんといい母ちゃんといった感じになっていた。
杉本の隣には、杉本に似たガタイのいい男の子がいて、聡子さんの両手には女の子が二人手をつないでいる。一人は杉本に似て、もう一人は聡子さんに似ている。
「上の子は中一で、あと、小二と年長。うちと一緒だから、子供も仲良くてね」
幸せそう。五人とも、多分ユニクロの服で、聡子さんはほとんど化粧もしていなくて、パーマもあてていない。
でも、笑っている。本当に笑っている。俺達のような、仮面の笑いじゃなくて、素顔で笑っている。
「ちなみに、これが俺の家族」
中村の嫁さんは、ちょっと太っていて、娘二人もちょっと太っていて、中村の腹の理由がわかった気がした。
「いいなぁ、なんか、みんな幸せそう」
「そうかあ? 毎日食費やら塾代やらでケンカだぜ?」
ケンカ……ケンカなんか……いつしたかな。
「佐倉、子供は?」
「え、ああ、いないんだよ。できなかった」
「そうかあ。まあ、仕方ないよな。でも、その方がラブラブでいれるだろ? 子供いると、もう家族だからなぁ」
家族……家族がいるんだ、こいつには……
「写真、ないの?」
俺はさっきのパーティで撮った、Facebook用の写真を見せた。
反応は、だいたい……わかる。
「ええ! これ、門田さん? えー、見違えたなあ!」
そうか。中村は変化後の門田真純を知らないんだ。
 スマホの中には、極上の笑顔の俺と妻が並んでいる。腕を組み、妻は俺の肩に寄り添って、赤い口紅で、幸せそうに笑っている。俺達の左手の薬指にはカルティエのマリッジリング、妻の胸元には、嫌味なほどキラキラとダイヤの並んだティファニー、俺の左手首にはロレックス。仲睦まじいセレブ夫婦。しかも美男美女。雑誌に取材されたこともある。それほど俺達は似合いで、美しくて、皆が羨むセレブ夫婦。
「いいなぁ、セレブじゃん! しかし、お前も変わんないなあ。イケメンだよ、相変わらず」
中村は、本心で言ったんだと思う。嫌味を言うような奴じゃないし、俺もイケメンだし、セレブだし、妻も美人だし。
「そうかな」
「羨ましいよ」
中村は屈託なく笑った。俺も屈託なく笑ったけど……俺は、中村が羨ましかった。杉本が羨ましかった。
 小一時間程して、中村の奥さんから電話がかかってきて、二十年ぶりの飲み会はお開きになった。
「また、ゆっくりな」
「ああ、杉本にもよろしく」
電話番号を交換して、中村は定期で改札を通り、俺も切符を買おうと思ったけど、なんか面倒で、駅前に出て、タクシーに乗った。


< 13 / 48 >

この作品をシェア

pagetop