残業しないで帰りなさい!
横浜で大規模な見本市が始まり、横浜にある複数のメーカーや販売店との商談があるとかで、東京本部の営業さんたちがよく出入りするようになった。
その中でも、東京本部第二営業係の久保田係長は美人で目立っていて、最初に見た時はその美しさに驚いた。
そして、後になってその気性の荒さにもっと驚いた。
久保田係長は、その辺の男の管理職よりずっと短気でワンマンだ。
だから、私は久保田係長がちょっと苦手。有無を言わせず押し切る感じが苦手だなあ。まあ、遠くで見てるだけだから、私は関係ないけど。
そう思っていたのに。
いきなり声をかけられた。
白石さんと沢口さんと3人で伝票を整理していたら、突然扉を開けて久保田係長が書庫に入ってきたのだ。
「ねえ、あなた。4階の応接室で11時から商談があるから、お茶出して」
あなたと言われて、3人とも誰のことを言っているのかわからず顔を見合わせた。
「あっ、じゃあ私、行ってきますね」
沢口さんが一歩前に踏み出した。
「アンタじゃない、背の高い子」
えっ?私ですか?なぜ私?
それに、「あなた」なんてわかりにくい表現しないで、最初から普通に私を指名すればいいのに……。
なんだかいろいろ納得できないまま、小さい声で「はい」と返事をした。
「頼んだわよ」
そう言って久保田係長はくるっと向きを変え、カツカツとヒールの音を響かせて書庫を出て行った。