どうぞ、ここで恋に落ちて

《わかった。電話、そのまま切らないで》

「ひ、樋泉さん?」


それきりガサゴソと音が聞こえてくるだけで、呼びかけても返事がない。

彼の意図がわからずオロオロする私の側で、乃木さんが所在なさげに立っている。

ああ、どうしよう。

乃木さんはたぶん、何か話したいことがあるってことなんだよね。

だけど樋泉さんはまだ電話切っちゃダメって言うし……。


何をするわけでもなく、歩道の脇に黙って突っ立っている私たちの不自然さに、通り過ぎる人がときどき怪しげな顔をする。

しばらくそうしていたものの、さすがに間がもてなくなりチラリと乃木さんのほうを見ると目が合って、私は携帯を耳から離して苦笑いを浮かべた。


それがきっかけになったのか、乃木さんが覚悟を決めたように一歩踏み出す。

いつもニコニコと笑って八重歯を見せる彼が、今はとっても真剣な表情をしている。


「古都ちゃん、俺、ほんとに……」


電話はつながったままだけど、待っても呼びかけても反応はないし、とりあえず今は乃木さんの話を聞こう。

そう思って携帯を下ろしたとき、どこからか樋泉さんの声が聞こえてきた。
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