常務サマ。この恋、業務違反です
M-6 溺愛せよ!
カフェから出ると、サアッと雨の音が耳に届いた。
ぼんやりと頭上を振り仰ぐと、額の真ん中にポツッと冷たい水滴が落ちて来て、思わずギュッと目を閉じた。
再び開いた私の瞳に映るのは、グレー一色の都会に雨を降らすどんよりとした空だった。


ついてないな……と思いながら、止みそうにない雨の勢いに溜め息をついた。


止むのを待ったところで意味があるとは思えない。
それなら潔く濡れてしまうのもありだ、と、私は水溜りの出来たアスファルトに足を踏み出した。


ほんの数歩歩いただけで、雨の冷たさに震えた。
ノロノロと歩く私を追い越して、サラリーマンが腕で雨を避けながら走って行く。


私も急ぐべきなのかな。
五月が近いとはいえ、朝夕はまだトレンチコートが手放せない時期だ。
この雨にまともに濡れていたら、風邪をひいてしまうかもしれない。


わかっていても駅までの五分ほどの距離を急ぐ気にもなれない。
私はつい立ち止まって、後方の空を振り返った。


何本か通りを離れたこの位置でも、ウェイカーズが入っているビルは良く見える。
オフィスフロアの電気はまだいくつかついている。
その中にはきっと、三十階の高遠さんの執務室の灯りもあることだろう。


あの後――。


高遠さんは、私の定時時間を過ぎても戻って来なかった。
特に残ってやるべきこともなかったのに、高遠さんの顔を見ずに帰るのを躊躇って、私はしばらく待ってみた。


一時間、二時間…が過ぎて、午後七時半を回っても高遠さんは戻って来ない。


もしかしたら私がいる間は戻って来ないつもりなのかもしれない。
そう感じて、後ろ髪を引かれながらも私は執務室を出て来た。
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