粉雪
部屋を包む空気は、恐ろしく重かった。


だから怖くて、あたしは笑う。


あたしの前での隼人は、何も変わらないから。


だけど夕方、隼人を刺した男が首を吊ったと、ローカルニュースで数秒間放送された。




『…首吊りなんて、早く保険金欲しいの見え見えじゃん…。』


まるで流れ作業でも見ているみたいに、ニュースは次の話題へ変わる。


何も言わずにテレビを見ていた隼人は、それだけ言ってテレビを消した。


幸か不幸か、事件は“借金苦による自殺”として片付けられた。





『…ちーちゃん、ごめんな?
何も心配しなくても良いから。』


あたしの心を見透かしたように、隼人は抱きしめる腕に力を込めた。


隼人の腕を握り締めながら、首を横に振ることしか出来なかった。


スカルプチャーの香りに、胸が締め付けられて。




「…怪我、早く治ると良いね…。」


『だな!
エッチ出来ねぇし♪』


「…馬鹿…!」



あたしが心配してるのは、そんなことじゃない…。


ホントはこの怪我が、一生治って欲しくなかった。


そしたら隼人は、仕事から足を洗うことが出来るのに。




だけどもぉ、あたしは何も言えない。


“本田賢治”の顔を見てしまったから、引き返すことなんて出来なくなった。



なのに、独りになっても泣けなくて、全てを抱え込んだ。


張り裂けそうになる胸の内を、誰にも話すことが出来ず。



< 93 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop