主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹は手鏡の中の鵜目姫に見入っていた。

床の上で正座をしたまま手鏡を見つめている息吹ははたから見ると、まるでその手鏡に魅入られているように見えていた。


「なんて言ってるの…?」


鏡の中の鵜目姫は口を開けて何かを訴えてきていた。


…3文字だ。


こちらに伝わらないもどかしさなのか…俯いて両手で顔を覆うとまたさめざめと泣いてしまう。


「聴こえないの。鵜目姫さん、聴きたいのに…教えて、なんて言ってるの?」


両手で手鏡を持って鼻がぶつかりそうなほどに顔を近付けて呼びかけると…



『華月(かげつ)…』



――鵜目姫が鬼八以外の名をはじめて呼んだ。


聴いたことのない名のはずなのに、絶対にその名を聴いたことがある、と感じた。


「華月……華月…」


「…どうして華月の名を知っているんだ?」


振り向くと、異形の手から元の形に戻った鬼八が入り口に立っていた。


「鬼八さん……華月さんって…誰…?」


「…その名を呼んでほしくない」


「でも鵜目姫さんが教えてくれたの。華月さんって…誰?」


再度問うと、黙ったまま立ち尽くしていた鬼八が上がってきて息吹の前に腰を下ろした。


「鵜目姫が?」


「うん。知りたいの。教えて」


――鬼八はまた手鏡を覗き込んでしまった息吹の両肩を抱いて真向かいになると、至極冷静を装って淡々と真実を口にした。


「華月は…俺の幼馴染だよ。俺が鵜目姫を紹介したら横恋慕をして、挙句俺を裏切り、俺を封印した男の名だ。…さっきの男は華月の子孫だ」


「え…、主さま、が…?」


鬼八と同じ鬼族の男という情報でしかなかったものが色味を増して真実となり、息吹の心を揺さぶった。


「主さまが…華月さんの子孫…」


「だから俺はあの男を絶対に許さない。そしてあなたをあの男に渡すわけにはいかないんだ。思い出して。俺と鵜目姫が、連れて行ってあげる」


「え…?鬼八さん、どういう意味…」


鬼八が息吹の手から手鏡を取ると息を吹きかけた。


すると耳元で風が唸り、鬼八から強く抱きしめられて瞳を閉じていると…


手鏡の中へ、吸い込まれた。
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