主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
戻って来た主さまから報告を受けた百鬼たちの落胆ぶりは凄まじかった。


…だが納得できる。

食われるのが嫌で逃げ出した息吹を誰が引き留めることができただろうか。


「息吹のことはもう忘れろ。あれは所詮人だった。人の生活を選んだだけだ。…俺も気まぐれにあれを育てただけだ」


寝室に籠もってしまい、雪男と山姫は手を取り合って晴明の屋敷を目指した。


扉は厳重に札と結界が貼られていて、山姫は強引に中へ入ろうとせず、中へと呼びかけた。


「晴明、息吹に会わせておくれ!…私の子に会わせておくれ!」


しばらく何の変化もなかったが、内側に扉が開き、式神の童子が2人を中へと案内する。


庭先には花を愛でている晴明が居て、にこやかに笑いかけてきながら戸が閉まったとある部屋を指した。


「…息吹、そこに居るんだね?母様だよ、声を聞かせておくれ」


…返事はない。

涙にくれているのか、恐怖に震えているのか…


主さまに食われたくないのは当たり前だし、逃げたことも叱ることはできない。

だから気持ちを込めて、呼びかける。


「息吹…母様も主さまも、雪男だって妖怪だ。本来ならあんたのような人間と深く付き合っちゃいけないんだ。だけど…小さかったあんたは可愛くて…つい情が出ちまった。母様はね、息吹の決断を応援するよ。あんたが食われずに幸せに生きてくれるのなら、それでいい」


――母の…山姫の優しい声がして、すぐにでも戸を開けて抱き着きたかったが…必死に耐えて、耳を塞ぐ。

だが山姫の声はするりと耳に入って来る。


「気が向いたらいつでも会いに来ておくれ。…もうここには来ないよ。息吹…っ」


「…幸せになれよ」


雪男はたった一言だけそう呼びかけて、別れを惜しむ山姫の手を引っ張って屋敷を後にした。


…晴明は2人を見送り、結界を解いて戸を開けると、すぐに息吹が抱き着いて泣きじゃくった。


「母しゃま…母しゃまあ!雪ちゃん…っ」


「…人として生きなさい。私が全てを教えてやる」


――それから6年。


息吹は美しく成長し、平安町…ひいては幽玄町にまで噂が届いた。


「晴明の屋敷に美しい姫が居る」と――
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