主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
“晴明の屋敷に美しい姫が居る”


その噂は幽玄町の主さまたちの耳にも入っていた。


「絶対に息吹のことだ!ああ会いたい、あいつ、大きくなったろうなあ」


百鬼夜行へ出かける直前で軒先に下りていた主さまの瞳がすっと細くなった。


…あれから息吹の名を出すのは厳禁になっていた。


山姫も塞ぎ込むことが多くなり、主さまと話す回数も減っていた。


息吹の存在が彼らにとてつもない影響力を与えていた。


「あいつ可愛かったもんな。…そっか、綺麗になったのか。そっか…」


うなだれている山姫の隣に座っていた雪男が何度もそう呟いて、“息吹に会いたい”という妖たちの声が主さまの耳にも入り、


この6年…絵を見て過ごしてきた主さまももちろん、息吹に会いたいという想いは募り続けていた。


だがあれは人としての生き方を選んだのだ。


迎えに行ったって会ってくれない。

こちらが勝手に傷ついて、嫌な思いをするだけだ。


…第一食われたいと思う人間が居るはずがない。

もう食うつもりはない、と言っても信じてはもらえないだろう。


「…行くぞ」


今日も百鬼夜行はいつも通りに行われる。

百鬼は主さまへの忠誠心は硬かったが、息吹を迎えに行かない主さまには皆が少なからず不満を持っていた。


「主さま…」


「なんだ」


ようやく口を開いた山姫が麗しい美貌をくしゃりと歪めて、口を覆った。


「…息吹に会いたいんです…。あの子に会いたい…!」


「…あれは晴明が育てている。もう俺たちの元には帰って来ない」


「息吹…息吹ぃ…っ」


もちろん本当の娘ではないけれど、“美しく成長した”と聞けばさらに会いたくなる。


…百鬼全員がそうだ。

主さまだって、そうだ。


この絵のように成長したのかと思うと、胸が痛くなる。


「…息吹が会いに来るなら別だが、お前たちからは晴明の屋敷に近寄るな。人としての生活を送らせてやれ」


「主さま…」


それがせめてこちらから出来ること。


この6年、どれだけせつない想いをしているか。


訴えても、わかってもらえない。

だから、訴えない。
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