主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その夜、銀が人目を憚りながらやって来た。

今までどこに隠れていたのか屋敷に寄りつかなくなっていた白狐の来訪は息吹をものすごく喜ばせて、ふかふかの耳と尻尾に触りまくった。


「銀さんどこに行ってたのっ?すごく心配したんだから」


「いや、あの坊主が俺を術にかけようと色々画策してくるものだから逃げ回っていた。だがここ数日急に攻撃が止んだからおかしいと思って来てみたんだが…」


「空海の目的はもはやそなたではなく息吹に移った。どうしてくれる、そなたのせいだぞ」


「息吹に?」


ふりふりと尻尾を動かして見せると食いつきよく両手でわさわさ触っていた息吹が顔を上げて銀ににこりと笑いかけた。


「でも大丈夫。私には父様と主さまが居るから。銀さんも居るし。守ってくれるでしょ?」


「もちろんだとも。あの坊主…息吹に色目を?」


晴明が口を開きかけた時、庭でかさりと足音がして顔を上げた面々は、そこに棒立ちになっている相模を見つけた。


…銀の頭の上には耳が生え、お尻からは尻尾が生えている。

息吹はまた晴明が術を使ったのだと言い訳をしようとしたのだが、晴明が白狐と人との間に生まれた半妖であることは周知の事実なので、もう言い逃れができなかった。


「やっぱり妖だ…!晴明様、これはどういう…」


「私とて半分妖。これは私の母の兄上。私に会いに来て何かおかしいかい?」


「いや、おかしくはないけど…。もしかして…“幽玄町の姫君”って…息吹のことなのか?」


――『晴明の養女は毎日幽玄橋を渡って幽玄町へ行き、“主さま”と呼ばれる百鬼夜行の主と百鬼たちに会いに行っている』という噂…いや、事実は広く知られていた。

それを失念していた相模は、毎日息吹に会いに来る“十六夜”という男に息吹がいつも“ぬしさ…”と言いかけるのを何度も聴いており、否定しない面々の顔を見回してその場に座り込んだ。


「相模…ごめんね。妖と関わってるっていうだけでみんな怖がるから…」


「…いや、いいよ。幽玄町に行く途中で俺を牛車で引っかけたんだろ?俺の方こそほんとごめん」


子供らしく素直に頭を下げた相模は、耳をぴょこぴょこ動かしている真っ白な銀を何度もちらちら見ながら、小さな声で呟いた。


「お、俺も触っていい?」


銀、大人気。
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