今夜、俺のトナリで眠りなよ
 他愛無い会話を30分くらいして、一樹君が席を立った。

「じゃ、私も食器を洗おうかな。ありがと、一樹君」

「何が?」

 居間を出て行こうとする一樹君が振り返った。

「ご飯、食べてくれて。優樹さんが食べずに出かけちゃったから。どうしようかと思ったの」

 一樹君が微笑んだのを見てから、私は食器を持ってキッチンへと入っていく。

「好きな女が待っているなら、俺は家に帰るよ」

「え?」と私は、汚れた皿を水で流すのを止めて顔をあげた。

「さっきの質問の答え。じゃ、おやすみ」

 一樹君が少し影のある笑みを残して、居間を出て行った。

「ちょ……よく聞こえ……」

 よく聞こえなかったの、と言い終わる前に居間のドアがパタンと静かに閉まった。

 ジャーと勢いよく出る水の音で、ほとんど一樹君の言葉が聞こえなかった。

 なんて言ったんだろう。

 質問の答えってことは、どんな家なら帰りたいって思うかっていう問いに真面目に答えてくれたってことだよね?

 一樹君は、どんな家を望んでいるんだろう。
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