密会は婚約指輪を外したあとで

玄関で靴を履いていたとき、バッグの中からお気に入りの曲が流れ始める。

拓馬さんかな、と思いスマホを取り出したら、ディスプレイには佐々木一馬と表示されていた。


「はい。もしもし……」

『あ、なゆちゃん? 今、アパートの前にいるから出てきてくれないかな』

「えっ?」


慌てて電話を切ってアパートの外に出てみると、白いセダンが停まっていて、運転席に一馬さんの姿があった。

車から降りてきた彼は「急に押し掛けてごめんね」と謝り私の前に立つ。


「もう、会ってくれないかと思ったから」

寂しそうに微笑む彼に、こちらの方が申し訳なくなってくる。

「そんな……、私の方こそすみません、強く言い過ぎちゃって」

「いや、いいんだ。俺が隠してたのが悪い」
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