琥珀色の誘惑 ―日本編―
後になって思えば、絶対におかしい理屈だ。
同じ理由で、学校以外のプールでは泳げなかったし、海にも連れて行って貰えなかった。


『お父さんにとって舞はお姫様なのよ。我慢してあげてね』


そんな母の言葉に素直に頷いた中学一年生の自分は何と健気なのだろう。

舞は自分で自分が褒めてやりたいくらいだ。


もちろん両親は、弟の教育費をケチっていたわけではない。
その証拠に弟は小学生の頃から有名な進学塾で勉強していた。本人がやりたい、と空手と剣道の道場にも通わせて貰った。

厳格で融通の利かない父は、マイホームより子供! という教育パパなのだろう。

舞はそんなふうに納得していたのだった。



そして母は、何事も夫に従う女性だった。

加えて、普通とは少しずれている。

舞が高校生の頃、近所の商店街に買い物に行った母が手ぶらで帰ってきたことがあり……。


『お野菜は一杯あるんだけど、全部予約済みなんですって。舞ちゃん、どうしましょう』


本気で悩む母の手を引き、舞はちょっと遠いスーパーまで連れて行った。
すると、『まあ、商店街より安いわ!』と呑気に喜ぶような母だった。

そんな母はまず怒らない。
怒る代わりに――泣くのである。

遼などは『怒るより性質が悪い』などと言うが、それには舞も同感だ。

舞と遼が暴れて、マイセンのティーソーサーを割ったときも同じく。
割れたソーサーを手に、ぽろぽろと泣き続けた。

隣に正座して、もう二度としません、と母が泣き止むまで謝り続けた姉弟だった。


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