ひとまわり、それ以上の恋
 ホテルの会場の中、スーツに身を整えた何百名もの新入社員をざっと見渡した。

 今から、社長の挨拶がはじまる。
 英国が本社の外資系企業というだけあり、さすが幹部は皆、外国人ばかりだ。その中でも若い社長は目を引いた。

 今、壇上でマイクをもった黒河潤哉《くろかわ じゅんや》社長……。

 彼はプライマリーの親会社であるローレンス創業一族の一人で、彼の祖父がローレンスの会長兼CEOを務めている。
 ローレンスといえば古くからモナコ王室に縁があるそうで、なるほど品の良さが漂っていた。

 新入社員への挨拶が終わり、式典はそれから一時間ほど続いた。その間、私が密かに期待していた人物はどこにも見当たらなかった。

 あの日感じた気持ちがときめきだとしたら、次に会った時には恋になっていたりして……なんて自分を試すようなこと思ったりしてたけど。
 副社長である彼に振りむいて欲しい、だなんて無謀なことは考えていない。

 ただ、もう一度会えたのなら、もしも彼が覚えていてくれたのなら、迷子になりそうだった私を導いてくれた、あの時のお礼をちゃんと言いたかったのだ。

 明日がオリエンテーションで、それから一ヵ月の新人研修に入る。それから研修最終日に人事部長と面接をして配属部署が決定するらしい。

 入社式だったらいると思ったのに……。

 今日、ここで彼の姿を見られないとしたら、私にはきっとこの先、直接会うことなど、なかなかないんだろうな……。


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