愛は満ちる月のように

(6)特別なひと

懐かしい思いが胸に込み上げ、悠は訳もなく苛立った。

そのとき、ハッと気づく。


「ちょっと待ってくれ。那智さん、どうして彼女がホテルに泊まっていると思うんだ? 先に僕の家に帰ったと思うのが普通じゃないのか?」


悠の剣幕に那智はわずかに驚いた顔をする。


「さあ、どうしてだと思う?」


彼は片笑みを浮かべ、思わせぶりに言葉を返した。

それは那智のクセだ。いつもなら、たいして気にならない。言いたければ言うだろうし、言わないということは言いたくないのだ、と思い、重ねて尋ねることはしない。

感情の起伏がきわめて小さい悠にとって、カッとして叫ぶことなど、ここ数年記憶になかった。

だが……。


「とぼけるな! 何を知ってるか言え!」


立ち上がった勢いで、悠は那智のTシャツを掴んでいた。


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