愛は満ちる月のように
美月はハッとしてその手を振り払った。


「ご、ごめんなさい。ぶつかってしまって……」

「いえ、別に。ああ、すみません。コイツ酔ってて。俺たち、近所のカットサロンで働いてるんです。うち、男ばっかりで。そこで花見してるんで、よかったら一緒にどうですか? 酒もつまみもあるし」


最初にぶつかった青年も少し酔っているのだろう。ほんのりと顔が赤い。

アメリカではほとんどの州で、野外での飲酒が禁止されている。日本では会社をあげての行事ともいえる“桜の下で宴会”など、あり得ない光景だ。


「あの、ごめんなさい。少し見物していただけなので……」


美月が重ねて謝り、そのまま立ち去ろうとしたとき、


「そう言わずにさぁ。いいじゃん、いいじゃん、一緒に飲も!」


連れの男はかなり酔っているみたいだ。振り払われたにも関わらず、更に力を込めて手首を握り、河川敷まで引っ張っていこうとした。

青年のほうは「おいおい」と止めるが、石段は狭く、誰かが激しく動けば危険だ。

石段を下り切ったとき、美月は力任せに男の手を振りほどいた。


「放してくださらない? 私はお断りしたはずだわ。無断で女性の身体に触れるなんて犯罪よ!」

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