マスカケ線に願いを
第二条 己を過信するべからず

 杏奈の憂鬱


 それはある意味、想定内の出来事だった。

「やっぱり、出来る女って違うわよね」

 休憩時間になるたびに繰り広げられる、女所員達のおしゃべり。

「そうそう、いつの間にか蓬弁護士に手を出してたのね」
「いつもすました顔しちゃってさ」

 それは、私とユズとの噂話だった。

 案の定、親しげに話している私達(大いに異を唱えたい表現ではあるのだけど)を見た人づてに、噂はどんどん広がっていった。
 そうすれば私を嫉む人が出てくるわけで。


 私はもともと、愛想が良くない。というのも人見知りをするせいなのだが、それが他の、特に同性の目には、お高く止まっていると映るらしい。
 人をそんな先入観で計る人などはこっちから願い下げなので、彼女達と仲良くできないことを残念には思わないけれど、そんなに私が気に入らないのなら放っておいて欲しいとも思う。
 私は彼女達に何もしていないのだから、彼女達だって私に何もしなくていいはずなのに、どうしてか彼女達はこうやって私の話をしたがる。
 陰口を言うのなら、私の耳に入らないところでやって欲しい。


「美人は得よねぇ」
「本当」


 そんなことで、嫉まないで欲しい。
 美人が得かどうかはさておき、私が仕事をきちんとこなしているのは私の努力であり、ユズと知り合ったのは偶然だ。
 そんなことを僻んでいる彼女達に、久島弁護士やユズがお近づきになるとは思えなかった。
 驕っているわけではないけれど、ユズ達は自分の足で歩いている人達だ。そうだとしたら相手にもある程度のことを求めているはず。
 自分磨きを怠って、他の人を僻んでいるような人達に、ユズ達が目を向けるはずがないと、そんなことを考えていた。


 私はそっとため息を漏らしながら、昼食を取るために立ち上がった。

「大河原さん」

 声をかけられ振り返ると、そこには久島弁護士がいた。意外な人の来訪に目を見張る。
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